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鍛冶屋から一歩も出ていないのに、気づいたら国を救っていた件 〜鍛冶屋アルダーの年代記〜  作者: 鈴野シン


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第二十七話 物語が、つながり始める

ミラの質問に答えずアルダーは少しの間、黙っていた。


「セレニティー」


呼ばれたセレニティーが顔を上げた。


「ミラの花火が壊れた理由が分かっているか」


セレニティーの顔が、ほんの少しだけ固まった。一瞬だったが、それが答えだった。額の後ろ側で、昨夜の記憶がいま急に筋道を立てて並び直しているのが、表情の動き方でわかった。


「……私が、弓を使って、火薬を浄化したかもしれない」


ミラが少しだけ首を傾けた。「え、と——」


「私だった」とセレニティーが言った。顔が少し赤い。「ごめん、ミラ。あのとき、もっと確認してから対応すればよかった——」


ミラはしばらく黙っていた。


アンネローズとアルダーは、何も言わなかった。炉の奥で、じりじりと何かが燃える微かな音がした。その音だけが、沈黙の輪郭を保っていた。


「——悪くない」とミラが言った。「今の騒動だもん? それは正しいことだよ」


「でも花火が」


「壊れたのは悲しいけど——わかった。ちゃんと聞けてよかった」


ミラは少し笑った。目がまだ少し赤いが、今度は別の理由で潤んでいるような気がした。叱られなかった安堵ではなく、相手が自分で言ってくれた、という事実への反応だった。


セレニティーが急に立ち上がった。ミラの手を両手で掴んだ。


「今からでも間に合う! 私も手伝う! 花火も準備もポスターも、全部!」


ミラは少し面食らって——しかしすぐに顔がほぐれた。鼻の赤みが引いて、目の端が細くなった。


「——お願いします」


アルダーはその様子を見ながら、小さく頷いた。


二人が急いで出ていこうとしたとき、アルダーがセレニティーに声をかけた。


「弓の反対側を差し込めば、浄化を戻せる」


セレニティーが振り返った。顔が大きな笑顔になった。


「ありがとう、アルダー!!」


ミラの手を引いて、二人は店の外へ走っていった。扉が勢いよく開いて、勢いよく閉じた。扉の鈴がいくつも重なって鳴った。鈴の音が収まるまで、店の空気はまだ二人がいたときの形を保っていた。



静けさが戻った。


店に残ったのは、アルダーとアンネローズの二人だった。


アンネローズはカウンターの前で、おとなしく立っていた。先ほどまでの三人での賑わいが、嵐のように去っていった。静かになったこの空間の中で、彼女は何かを待っていた。急かさず、焦らず——ただ待っている。二百年の管理者として培われた待ち方だった。時間は味方でも敵でもなく、ただ流れるものとして扱うことを知っている者の、立ち方だった。


アルダーは一言も言わずに、カウンターの向こうを抜けて、店の奥へ消えた。


アンネローズは動かなかった。


足音が遠ざかり、しばらく何かを探すような気配があって、また近づいてきた。


アルダーが戻ってきた。


両手で、布に包まれた細長いものを持っていた。布は薄い灰色で、丁寧に折りたたまれている。長さはアンネローズの背丈の半分ほどか——いや、もう少し長い。


アルダーはそれを、カウンターの上に静かに置いた。木の天板に、布越しでもわずかな重みが伝わる置き方だった。


「開けてみろ」


アンネローズは少し首を傾けた。訝しんでいる顔だった。しかし布の端をゆっくりと捲った。一枚目を捲り、二枚目を捲る。布は丁寧に何重にも巻かれていた。


現れたのは——


アンネローズの手が止まった。


「私の、杖——」


声が落ちた。独り言のような声だった。


木製の、細長い杖。先端に小さな細工が施されている。傷もなく、汚れもない。長い間土の上に置かれていたわけでも、誰かに乱暴に扱われたわけでもない。丁寧に保管されていた証拠が、その状態に表れていた。誰かがこれを拾い、価値を知り、価値を知ったうえで、然るべき場所に届くまで預かっていた——そういう経路の跡が、布の折り目と杖の保存状態の両方から、読み取れた。


アンネローズはしばらく杖を見つめた。


「報酬でもらった」とアルダーが言った。「君のものだろう、返す」


「報酬——」


アンネローズは少しだけ眉を動かした。誰から、何の報酬で、という問いが顔に浮かんだが、それを声にする前に手が動いた。杖をそっと持ち上げた。


両手で包むように。


少し目を閉じた。息を一度、深く吸った。二百年分の静けさが、いっせいに指先に戻ってくるような、そんな息の吸い方だった。


それから、目を開けた。


「ありがとうございます」


声の質が変わっていた。さっきまでの、落ち着いた、礼儀正しい声ではなく——もっと素の部分から出てきたような声だった。取り繕う前の声。取り繕う必要を思い出す前の、一拍分の空白に収まった声。


アンネローズはアルダーを見た。


改めて、正面から見た。カウンターの向こうに立つ、白髪交じりの短い髪の男。岩のような肩。節くれだった手。感情が読みにくい目。


その目を見ながら、アンネローズは何かを思い出すように、額に軽くしわを寄せた。記憶のどこかの引き出しが、音も立てずに少しだけ開いた——そういう表情の変わり方だった。


「あなたは——」


言いかけた。


言いかけて、止まった。


口元が一度だけ動いて、それから引き結ばれた。目が、さっきとは違う意味でアルダーを見ている。驚きでもなく、疑いでもなく、もっと複雑な何かだった。過去のある瞬間と今のこの瞬間が、同じ一人の人物を介して重なりかけている——その重なりを、開くべきか閉じるべきか、決めかねている目だった。


「すぐに止めなければ」


小さく呟いて、アンネローズは杖を胸に抱えた。


それから静かに頭を下げて、扉の方へ向かった。足音はやはり聞こえなかった。扉が静かに開き、静かに閉じた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

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