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第5話:ラスカルの憂鬱。失われたメロディを求めて

明後日のバレンタインデーライブのセットリストを再確認した後で、魚座のラスカルは回収した楽譜を、静かに手に取りました。

大水族館の底の底…魚座に住むVIP待遇の者だけが出入りを許可されているエリア…そこで見つけた失われた記憶の楽譜。

水瓶座からやってきた二人連れ…水瓶座のセーラと、そのリスナーのマルコという名の小さな猫に、大水族館の特別エリアをひととおり案内した後で、

ラスカルは、『一人になりたい』と二人に告げて、海底大要塞の中の居室…居室というには、大きすぎるスペースではあったが…

そこで、くつろぎながら思案に耽っていました。

この楽譜がトリガーとなったことで蘇った、いくつかの記憶の断片…

ラスカルは、口ずさんでみます…「♪おいで、今日もラスカル…」

その曲は、これから産まれる未来の曲なのか…遠い過去に歌われた、いにしえの曲なのか…

それを知っているのは図書館の守り手…双子座のロミオかもしれない…

二人と別れた後、ラスカルの前にもう一度現れたロミオが告げた言葉…

『3つの鍵を集めて…その鍵で封印を解けば…封印された双児駅は、君たちを受け入れるよ』


ラスカルさんと別れた僕とセーラは、この大水族館を隅々まで堪能しようということで意見が一致しました。

「今日はもう、仕事のことは忘れて、めいっぱい遊ぼうね」

「僕はもともと仕事は抱えてないから、全然、セーラさんに付き合えるよ」

「明後日のバレンタインデーライブが、ほんと楽しみ」

「ASPSライセンスを持ったシンガーの何人かもコラボ出演するんだよね…シェリル、ランカ、ミンメイの3人のゲスト…そして、当日発表されるサプライズゲストって…めっちゃ楽しみ」

「だよね…私も、すごい楽しみにしてるんだ…それと…」

「うん、【ラスカルに歌ってほしいカヴァーソング総選挙】の結果をライブで発表するのも楽しみ」

「あの投票システムは、7年目に私が製作したシステムだから、今は不正投票は決して許されない仕様になってるのよ…7年かけて、かなり自慢できるシステムに仕上がったわ」

「それでも、組織票は存在するよね」

「そりゃ、組織票というのは、推しへの愛がいっぱい詰まったものだから…

一人が複数の投票用のアカウントを取得して無制限に投票をするのではなくて、

その一票一票は、ちゃんと一人一人の投票用アカウントなのよ…

みんなが好きな曲で繋がっているから生まれる素敵なグループ票…それが、この世界の組織票」

「安心して投票できるのは、セーラさんの産み出した完璧なオンライン投票システムのおかげだね」

「銀河中の誰でもが気軽に投票ができるネットワーク網と、誰でも無料で使える投票用のデバイスを銀河政府が整えてくれたから…

システムがあるだけでは維持できないもの…今のオンライン投票システム…導入当初の3年間くらいは、不正投票や選挙違反もあったけど、

銀河中央サイバー警察の不断の努力で、4年目以降はシステムに慣れた銀河政府市民がシステムを疑うことなく使ってくれるようになったの」

「その3年って…産みの苦しみ?ってやつかな?」

「ちょっとニュアンスは違うけど…今はそういう理解でいいかも…

ほんとうの産みの苦しみがわかるのは、マルちゃんが結婚して、子供を産むときでしょ」


「……子供を産むとき、か。僕は……私には、まだちょっと想像もつかないな」

僕は熱くなった耳を冷ますように、水槽の冷たいガラスに額を押し当てました。


セーラさんはそんな僕を見てクスクスと笑いながらも、手元のデバイスでライブ会場の最終的なセキュリティチェックを続けています。

「でもね、マルちゃん。投票システムも、歌も、そしてこの広大な水族館さえも、誰かの『強い想い』が形になったものなの。ロミオが言った『3つの鍵』っていうのは、きっとそういう形のないエネルギーを物質化したものなんでしょうね」


その頃、海底要塞のプライベートルームで、ラスカルさんは一人、瑠璃色の石を見つめていました。

「♪おいで、今日もラスカル……」


口ずさんだメロディが部屋の空気に溶け込んだ瞬間、不思議なことが起こりました。部屋の隅にある大きな水盤から、一筋の銀色の光が立ち上がり、楽譜の上に重なったのです。

それは、歌声に反応するホログラムのようでもあり、意思を持った生命体のようでもありました。


「……これ、私の記憶じゃない。もっと古い……誰かが大切にしていた『愛おしさ』そのものだわ」


ラスカルさんは気づきました。瑠璃色の石に刻まれていたのは、彼女自身の記憶というよりも、彼女という存在を愛した「誰か」がかつて持っていた、純粋な祈りだったのです。

その祈りが、銀河の「時のアーカイブ」に保存され、魚座の深い海の底に流れ着いた。


「ロミオ……。あと2つ、鍵を見つければいいのね」


彼女の憂鬱は、いつの間にか静かな決意へと変わっていました。

窓の外では、2月14日の祝祭に向けて、深海魚たちがペンライトのような光を放ちながら、ダンスの練習を始めていました。

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