理想の結婚
九月の大安吉日の土曜日。俺は、新横浜のホテルにて、憎き『太陽』こと大陽渚というヤツと対面することになる。
純白のウェディングドレスに身を包んで、色んな意味でため息ついてしまうくらい綺麗になっている月ちゃんの隣でヘラっとした笑いを浮かべた大男。
聞いてみたら身長は百九十あるらしく、標準よりやや上という俺でも、この男の隣には立ちたくないと思うほど体格は良かった。
顔のパーツがどれもハッキリしていて顔は濃く、星野秀明とあらゆる部分で真逆な顔のタイプであることが意外。しかし月ちゃんがその男に甘え、それを笑顔で受け入れる『太陽』そんな二人の様子は確かな絆を感じさせた。
教会で、二人が誓いのキスをするのを見て、来賓席からどよめきが聞こえる。流石にこういう場所であっても、堂々と人がキスされると、見ている方が照れてしまう。
「いや〜月ちゃんも、エエの捕まえたみたいでホッとしたよ」
披露宴で俺の右隣からホクホクと嬉しそうな声が聞こえる。中島となった荻上さんは結婚して子供産みますます貫禄の加わったようだ。別に太ったとかではないが、黒いドレスにいつも以上にバッチリメイクがより彼女の威圧感を上げているのかもしれない。俺と違って大陽渚は、彼女のお眼鏡にも適ったようだ。
「いや〜バレンタイン手作りにしてきた所から怪しいと思ったけど、いい人いたんだね〜」
松ちゃんはそう言ってから、俺の顔を見てハッとした顔をして誤魔化したように笑う。俺は『もういいよ、吹っ切れた』という感じで笑い返す。
「本当にデッカいの捕まえましたよね〜」
井口改め、堀部となった成実が嬉しそうに料理にパクつきながら、それをうける。
「大陽さんって、大物ですよ、いろんな意味で。天然な所が、百合ちゃんにピッタリって感じで」
大陽渚は、この人を見る目の厳しい河瀬さんにも気に入られているという事は、それだけ信頼に足る男なのだろう。悔しいけど。
そして俺の左隣の西河は、月ちゃんに負けないくらい、目を輝かせニコニコとして、披露宴を見守っている。この会社友人席、この並びに月ちゃんの気遣いを感じる。どうせならサド気を宿らせた中島信子と松ちゃんの順番を入れ替えてくれたらもっと助かったのだが。先程からチクチクと俺を攻撃してきてチョット痛い。
俺は、改めて、大陽渚という男を観察する。こんなにも披露宴会場において、バクバクと食事を旨そうに食べ続けている新郎は初めて見た。河瀬の言うところの天然ってこういう面なのだろう。
月ちゃんはそんな男をニコニコ見ている。大陽渚の口が『旨いよ、コレ』とかいった感じで動く。月ちゃんは、フォークで自分の皿の料理を一口食べ、大陽渚へニッコリと笑う。楽しそうに二人はずっと喋っている。月ちゃんも新郎に釣られてか、結構パクパク料理を食べていている。
誰もが、微笑ましく思うであろう仲睦まじい二人の様子に、思わず俺も笑ってしまう。
そんな話をしていると、お色直しの為に、主役が退場することを、司会者が伝えてくる。
映画『フェノミナン』のテーマ曲にもなった、エリック・クラプトンの『チェンジ・ザ・ワールド 』のメロディーが流れ、新郎新婦が立ち上がり歩き始める。
入場が『2001年宇宙の旅』のテーマ曲『ツァラトゥストラはかく語りき』だったし、見事に映画音楽だけで構成された結婚式に、思わず笑ってしまう。映画ファンだという二人らしい選曲だ。
新郎新婦が、俺達のテーブルで立ち止まる。
月ちゃんはニッコリと笑い、『次は夏美ちゃんの番だね』と言いながら持っていた白いまん丸のブーケを、河瀬さんにそっと手渡す。河瀬さんはそのブーケを手に瞳を潤わせる。性格はともかく美しい女性なので、その様子がまた絵になり、結婚式場は盛り上がった。
「残りのパーツとケース、控え室にあるから、後で取りにきてね」
涙を流しそうになっている河瀬さんに悪戯っぽく笑いながら、耳打ちして離れていった。
河瀬さんも三ヶ月後、結婚する。一見、次に結婚する親友にブーケを渡すことで、幸せのバトンをしていくという素敵な演出にも思えるこの行動。実は本当にこのブーケを河瀬さんが結婚式で利用するという事実を、その後皆で押しかけた控え室で知ることになる。
二人の結婚時期が近い事で、お金を出し合って共有する事になっていたようだ。まさか、このような形で手渡しされるとは思ってなかったようだが。
月ちゃんは、披露宴でプロポーズの再現をしたときに取り外して大陽渚の胸ポケットに挿したブートニアもシッカリ回収しブーケに入れる。そしてさらに式で利用したパーツとも組み合わせ、元の完璧な形に戻す。それをケースにしまい、河瀬さんに改めて贈る。
※ ※ ※
月ちゃんのブーケはその後、松梨が利用し、そして今、俺の隣でウェディングドレスに身を包んだ西河が手にしている。なんかこのブーケは、社内においてデカイ幸せを掴めるアイテムという認識になっていた。
俺達は、この結婚式を迎えるにあたって、月……いや、大陽百合子にブーケを譲り受けただけではなく、ペーパーアイテムを作るのを手伝ってもらったり、アイデアやアドバイスをもらったり、と、色々助けてもらった。経験者ならではの意見は、本当に参考になった。お陰でリーズナブルでありながら、なかなか良い感じの式になりそうだ。
彼女には散々振り回されたのは確かだけど、就職の時、社会人になった時、そして妻となる女性への橋渡し、結婚する時、全て彼女に導かれている。
本当に大陽百合子には敵わない。特別な女性であることは、今も変わらない。
華やかな音楽とともに、披露宴会場に踏みだす俺と西河実和。
二人でお辞儀してから、介添人について会場をゆっくりと歩く俺達。目の端に大きいデジイチをもった大陽百合子を見付ける。
俺は西河に声をかけ、大陽百合子の方に促す。二人で彼女の方を向いたタイミングで彼女はカメラのシャッターをきる。そしてカメラを顔から離し、オメデトウといった感じでニッコリ笑った。
俺は、彼女に声に出さす唇だけで、全ての想いを込めて「ア リ ガ ト ウ」と伝える。それは、俺が彼女に一番伝えたい言葉。そんな俺の想いが通じたのか、大陽百合子は明るい太陽のような晴れやかな笑みを返してくれた。
これにて、黒沢明彦の物語は終わります。
ここまでお付き合い頂きありがとうございました。
皆様に、黒沢明彦が少しでも可愛いヤツだったと想っていただけたのでしたら幸いです。
また月見里百合子からみた世界の『半径三メートルの箱庭生活』もございます。良かったらそちらも楽しんで頂けたら嬉しいです。
多分、月見里百合子がそちらとは、性格若干違って見えるかもしれませんが、あくまでも黒沢明彦にはこのように見えています。
この続編として、黒くんと月ちゃんの結婚を描いた『ゼクシイには載ってなかった事』もございます。ご興味があればそちらもどうぞ!
このシリーズ大陽渚の入社二年目の話を描いた『三十五センチ下の○○点』(http://ncode.syosetu.com/n8075u/ )もございます。大陽渚からみた、また違った月見里百合子の様子が楽しめます。
そして星野秀明の青春(高校時代)を描いた『アダプティッドチャイルドは荒野を目指す』(テーマが違うので、『みんな欠けている』シリーズに入っています)(http://ncode.syosetu.com/n8075u/ ) が現在連載中です。しかしコチラは恋愛要素はやや低く、未熟な高校生である少年が様々な体験をして成長していくという青春物語です。
あとがきとして『物語に出てきた映画の簡単な紹介 』というエッセイがあります。
このシリーズで作中に出てきた映画について解説しています。この映画ってどんな内容なの? 気になられたらソチラで紹介しています。