292話 愚行による飛来
「……やはり降って来たか」
沼地を目指して1時間ほど森の中を歩いた頃、ポツポツと雨が降り始めた。まだ、雨の勢いはそこまで強くはないが、これが続くと戦闘どころか歩くのにも支障をきたす。そんな事を考えていると
「聞こえて来ましたわね」
ラティファがそう呟く。確かに雨の降る音に混じって重低音の鳴き声が聞こえて来た。これがマッドフロッグの声か。しかし、近づくにつれてそこそこな鳴き声が聞こえるな。こんなものなのか?
声が聞こえてからもしばらく歩き続けて、ようやく沼地の側まで辿り着いた。沼地は元々地面の状態は良く無かったのだろうが雨で余計にぬかるんでいる。そしてその上にマッドフロッグが10体近くいた。
「うーん、雨が降っているせいか、どうやら沼地に集まってるようですね。想定より多いかも」
そう言って唸るノエル。どうやら普段よりも多いようだ。さて、どうしたものか。こちらの目的はシェリクたちの初陣を済ませる事。そのためにあまり危険な事はしたくないので、数が多いのはあまり好ましくない。
しかも、雨が降っている中沼地での戦闘も足場のぬかるみとか不確定要素もあるのであまり戦いたくないってのが現状だ。雨足が強くなる前に一旦近くの村に戻るか。そう思っていたら
「ふん、この程度僕の魔法で十分だ」
とか、ふざけた事を言い始めて前に出始めた。そして兵士が止める暇もなく
「燃やし尽くせ! ファイアストーム!!」
火魔法を放った。こいつ、沼地とはいえ森の中で火を使いやがった!? 紺色だから魔力量は豊富なようでかなりの威力の魔法を放つ。元々ぬかるんでいた沼地の水気が吹き飛ぶほど。
3分ほど経った頃、吹き荒れていた火の嵐は止み、辺りは水が蒸発した事によりジメっとした熱気に包まれていた。
沼地だったところはパリパリに乾燥していて水気はとんでおり、マッドフロッグは黒色の燃え残りになっていた。
「どうだエーラ、これが僕の実力……ぐぇっ!?」
「ぶっ殺してやる!」
怒りを通り越して呆れていると、エーラに向けて満足そうな顔で自慢するシェリク。その姿に流石に堪忍袋の尾が切れたのか、シェリクの首を絞めてとんでもない暴言を吐くエーラ。
……まあ、気持ちはわからなくもない。不確定要素の多い沼地の上、周りは森に囲まれているのに、こいつは確認せずにいきなり範囲型の火魔法を放ったのだ。
森の中での魔法の使用は、風魔法か土魔法と暗黙の了解ではあるが決まっている。当然山火事を防ぐためだ。一歩間違えれば俺たちは巻き込まれていたところだ。エーラが怒るのも無理はない。
なんなら、シェルエール家の兵士ですら何してるんだこいつは? みたいな目で見ていた。わかっていないのはシェリクとその取り巻きだけ。
「取り敢えず、ここから離れよう。マッドフロッグは倒したとはいえ大きい魔法を使ったんだ。他の魔獣が来ないとも限らない」
このままシェリクを締め殺しそうなエーラを嗜めて、ここから離れるように促す。変なものが来ても困る。そう思っていたのだがそれは遅かった。
先ほどまで火柱が立っていて、今は水分が吹き飛びカサカサとなった大地に大きな音と共に降り立った物体。突然の事で皆動かず音のした方を見る。そこに
「グゥギュアアアア!!」
猛禽類の鋭い目つきでこちらを睨み付ける一体の魔獣がいた。サイズは馬を一回り大きくした程で、背には左右に大きな翼。鋭い嘴に鉄も簡単に切り裂けそうな鋭い爪。そして四足で降り立ったその魔獣は
「グ、グリフォン!? どうしてそんな魔獣がこんなところに!?」
ノエルが驚きの声を上げる。空中ならドラゴンとすら対等に戦えると言うSに近いランクAの魔獣であるグリフォンがこの場に現れた。
……ノエルが思った通り通してこんな場所に? とは俺も思うが空を飛べる魔獣だ、どこでも現れようと思ったら現れるだろう。
こいつがどこから来たか、ここまでの道中の被害がなかったか、などと色々と考える事はあるが、今1番考えないといけないのは……こいつからシェリクたちを逃す事だ。
俺1人ならどうとでもなる。それこそ討伐も。自惚れるつもりは無いが、ドラゴンゾンビやセプテンバーム公爵領に現れた獣人と戦った経験から、いけると思ったからだ。
「デリック、シェリク殿たちを……」
「う、うわぁぁぁっっ!!!」
俺の部下であるデリックにシェリクたちを逃すように言おうとした瞬間、そのシェリクが悲鳴を上げて逃げ出した。その声に釣られて取り巻きたちも走り出す。
馬鹿野郎が。当然その声に反応してグリフォンが攻撃態勢に入った。グリフォンの体から溢れる魔力。グリフォンから放たれたのは風魔法。風の塊である風弾を連続で数発放って来た。
俺はシュバルツを抜き魔力を流す。さらに領域を広げて、風弾が範囲に入った瞬間
「明水流、魔流し」
魔力の流れを作り風弾を逸らす。全く的外れな方へと飛んでいく魔法を見て、こちらに跳び出そうとしていたグリフォンは警戒して動きを止めた。
「デリック、その馬鹿たちを気絶させても良いから直ぐにこの場から離れろ。ノエルたちも護衛を頼む」
「ア、アルノード伯爵はどうされるのですか!?」
「俺がこいつを止める」
誰かがこいつの相手をしないとずっと追ってくるだろうからな。というか、こいつよく見るとかなり怒っているけど何かあったのか? まるで目の敵を見るように。
「まさか、私にも逃げろなんて言わないですわよね?」
そんな事を思いながら警戒していたら、横にラティファが並ぶ。手には剣を持って。
「……まさか? ラティファ嬢には手伝ってもらうよ」
「ラティファでよろしくてよ。戦闘中なら少しでも短い方が良いでしょう」
「わかった、ラティファ。君には魔法でやつを空に逃げ辛くして欲しい」
やつの独壇場で戦う必要は無い。俺1人だとそこが大変だが今は紫髪で魔法が豊富に使える彼女がいる。
魔力を体に巡らせてグリフォンを睨む。圧を飛ばしてグリフォンの注意を俺に向けさせる。
お前の敵は俺だ!!




