289話 ある方のお願い
「ふぅ、こんなものか」
俺は額から流れる汗を拭いながら辺りを見回す。ここは屋敷にあるロナの部屋だ。まあ、部屋といってもロナの物が何か飾られているわけでも無く、客間のようなものなのだが。
この屋敷は王都に来た時にしか使わないからあまり物が置かれていないんだよな、俺の執務室以外は。
ロナの事件があった日から3日経っていた。ロナはあれから1日眠り続け、その翌日には目を覚ました。ただ、やはりかなり強力な薬だったのか意識は朦朧としていて、まだしばらく療養が必要らしく、今もまだ王宮の診療所で休んでいる。
目が覚めた時に俺も会いに行ったが、物凄く申し訳無さそうにしていたロナの姿が今でも思い出せる。あそこまで憔悴し切ったロナを見たのは、彼女を助けた時以来かもしれない。
本当は屋敷まで連れて帰って来たかったが、まだ万全では無い上、こちらに連れ帰った後に体調が悪化してもどうしようもできないので、そのまま診療所で見てもらう事になった。
ただ、一度目が覚めたら順次よくなっていくとのことなので、安心はしている。酷い場合はそのまま目が覚めないぐらいの薬を使われたようだから。
そんな薬を使った副騎士団長たちの事を許せなかったが、そこはレイブン将軍がちゃんと罰してくれるとの事だったので任せる事にした。元々そういう話だったし。
取り敢えず、目が覚めた事によりホッとした俺は、心配かけた人たちに手紙を送り今に至る。今は少し手を余していたのでロナの部屋を片付けていた。
本当は侍女の仕事なのはわかっているが、どうしてもしたくなってしまったのだ。侍女たちには追加の給金を渡して謝っている。本当は仕事を奪うのは良く無いからな。
なんか無性に俺が片付けたくなったんだよな。もう直ぐロナが帰ってくるからかな。しっかりロナとも話をしないと。
そんな事を考えながら窓を開けて外を見ると……王城の騎士が屋敷に入ってくるのが見えた。ロナ……だったら兵士が来てくれるはずだからあれは別か。
王城の騎士を動かせるのは人が限られている。それに来たのは女性の騎士なので多分銀翼騎士団だ。彼ら彼女たちを動かそうとするならそれ相応の人しか無理だから……そんな事を考えていたら扉をノックされた。返事をしたら侍女が入って来て、騎士が来た件を伝えてくれる。さて、何の用なのか。
◇◇◇
「突然呼び出してごめんなさいね、アルノード伯爵」
「いえ、王妃様からお呼びでしたらいついかなる時でも参上いたします」
今回俺を呼んだのはまさかの王妃様だった。その隣にはミストリーネ団長が。銀翼騎士団は普通の騎士団のような業務の他に女性貴族の護衛もやってたりするから王妃様の側にいるのは当然か。
扉の前には侍女が2人立っており、今給仕をしてくれている侍女も含めて3人、この3人もいざという時は戦えるのだろう。体の重心とかである程度わかる。
……それで何故俺が呼ばれたのだろうか。陛下ならまあわかるけど王妃様に呼ばれるなんて。ヴィクトリアと一緒で呼ばれるならわかるのだが。
「ふふ、あなたが困惑しているのもわかるわ。私が呼ぶ事なんて珍しいもの。……実はあなたにお願いしたいことがあるのよ」
「お願い……ですか?」
困ったように笑みを浮かべる王妃様。40代というのに若く見えるその美貌のおかげでその姿も絵になる。パトリシアも歳を取ったらこんな風になるのかな? そんな事を考えていたら
「ええ。実は私の実家になるシェルエール家には、私の兄で後継の男の子、まあ私の甥がいるのよ。今年で年齢は13歳とあなたとも歳が近いの」
話が進んでいた。しっかりと聞かないと。シェルエール家はもちろん知っている。先ほど王妃様がおっしゃった通り王妃様の実家だから。
シェルエール伯爵家。文門の家で時折大臣も輩出している優秀な家だったはず。土地を持たない貴族で王都にいるはずだ。
その中でも王妃様はかなりの才女で、その優秀さや人当たりの良さなど様々な点で優れており、陛下と結婚したというのは聞いた事がある。
「知ってるかもしれないけど、私の家系は基本文門の家系なので、あまり武術とか分からなくてね。ただ、それでも貴族だから男児に産まれると初陣を行わないと行けないのよ。
貴族の男児の初陣は大体魔獣の討伐で、今回もそれを行うのだけど……まあ、お恥ずかしい話、家の兵士だけでは難しくてね。
冒険者にお願いする事も昔はあったみたいなのだけど、ちょっといざこざがあってね。
それからは他の貴族に依頼したりしてるの。過去にはオスティーン伯爵にお願いしたりもしててね、今回も相談したら、歳も近いし、丁度王都に来るだろうからアルノード伯爵に相談したらどうかという話があったの」
初陣の手伝いか。確かに伯爵家とはいえ、領地を持たなければ兵士を持つ必要もないからな。自身が住まう屋敷の警備のための兵士だけならそこまで数も必要ないだろうし。
「初陣の手伝いですか。私はどこまでお手伝いすればよろしいのでしょうか?」
「そんな大変な事じゃないわ。ただ、甥だけでなく寄子の子達も何人かお願いしたいの。魔獣はここから2日ほど行った山の中に沼地があって、そこにマッドフロッグっていう魔獣がいるの。それを1対1で討伐出来るようにしてほしいの」
マッドフロッグか。俺自身は対峙した事が無いんだよな。ただ、そこまで強い魔獣では無いと聞いてるし、それなら大丈夫か。
「わかりました。私でできる範囲でお手伝いさせていただきます」
「ありがとうね、伯爵。あなたの従者については私に任せてね」
王妃様がそう言ってくださるならロナも安心だな。俺は王妃様の話を聞いてどうするか考えるのだった。




