フレイム&トランス 12
【NEXT】10-6 07:00
ありえない、そんなこと認められない、この男は底辺だ、糞野郎だ、今までずっと恨み続けてきた男だ。ありえない。…あり、えない。
「ユリ、でいいのかな」
「は、はい」
スマートフォンを部屋から取ってきたユリに巡が話しかける。
「救急車は、だめだ」
「メグル……?」
「コイツは、こんな人気のないところに住んでいる。一般の救急車は呼んじゃダメだ」
「どうしてそう言い切れるのメグル…」
家から出ることすら困難な、どこの公共施設に言っても避けられる片山隼人の姿が浮かんだ。もしユリが巡の鏡ならば、この男もまた救急車に運ばれ治療を受けることは難しい。
「じゃあ、どうすれば……どうすれば護甲さんを助けられるんですか……」
ユリが迫って来て言う。助からなければいいのに、そう口にしたい気持ちを必死に抑える。
「おいアンタ、食す者開発者なら何か知ってるんだろ。どこに連絡すればいい」
精々荒い言葉を使うことくらいが、今の巡にできる復讐だという事実にもはや笑いすらこみ上げてきそうだ。
「……一人、怪我をする度に…世話になっている奴がいる」
「そいつの電話番号は」
巡はユリからスマホを取り上げ口にされた番号へ連絡した。数コールを挟んで通話が開始される。
「はいはい何か用? 今けっこー忙しいんだけど」
聞こえてきたのは女の声だった。
「今直ぐこちらに来て欲しい」
「……アンタ誰だ?」
「阿木李護甲が命の危険にさらされている」
「質問に答えろよ、アンタは誰だ」
「場所はこの男の家だ、止血はしておいた」
それだけ言って電話を切る。この男の関係者というだけで言葉を交わすだけで虫酸がはしった。
「どこに住んでるか知らないが、手を貸すのはここまでだ」
「……十分だ、恩に着る」
「ふざけんな、お前が人に感謝する人間に見えるとでも」
「……そうか、どこまで知っているかは分からないが…そのとおりだ。早く行った方がいい、さっきの通話じゃ奴は直ぐに飛んでくる……殺されるぞ」
「そうかよ。薗、行こう」
「うん……」
半ば強制的に水瀬の手を取り歩いて行く。長い登り階段は今の巡にとって辛いものがあったが、今はとにかくこの場から離れたかった。電話の女が来るからではない、自分の正気が保てそうになかったからだ。
(この怒りの矛先は、ここじゃないのか)
阿木李護甲、彼が片山隼人に大量殺人を強行させたのは恐らく間違いない。しかし阿木李に怒りを向けるのはきっと間違っていると、強く恨む自分の端っこで自分を否定する自分がいる。
(……今はもう、深く考えるのはやめよう)
水瀬薗を救い出せた。何を企んでいたかは分からないが阿木李護甲の計画を阻止できただけでも今は十分じゃないか。巡は自分にそう言い聞かせ水瀬の手を引いてゆっくりと歩いて行く。そんなに時間が経っていたのか外は少しずつ明るくなり始めていた。
「メグルちょっと止まって」
「どうした」
「その状態で人前に出るのはナシでしょ」
巡の頭髪は未だに白く揺らいでいる、火傷と出血を自身の氷でなんとか抑え続けているのでそれは仕方ないとして、それでも数カ所うまく止血出来ずに肌を伝って茶色く変色していた部分はやりようがあった。目の前で水瀬が能力を発動させ、器用にその部分を水洗いしてくれる。
「服はどうしようもないな」
「ブレザーを着ていなかっただけマシって感じかもね、カーディガンもけっこー勿体ないけど」
ワイシャツは無事だったが、カーディガンは見事に黒く焦げ溶けてしまっていた。
「そういえばあたしカバンってどこにやったんだろ」
「多分俺のと一緒にあの山じゃないか」
「じゃ、あたしメグルのも合わせて回収しておくから病院いってきなよ」
「いや、俺も一緒に取りに行く。あそこにスマホも入ってるから、浩仁さんにも連絡したいし」
カーディガンを手に持ち、おおよそ綺麗になった巡が礼を言って歩き出すと水瀬が直ぐに寄り添って支えてくれる。
「あたしいつもスマホはポケットに入れてるのになぁ……なんでこういう時だけカバンの中なんだろ」
「綾と勝負するからってしまったんじゃないのか」
「そうなんだよね~、タイミング悪いっていうかなんていうか。」
でもそれなら、あたしが浩仁センセーにも連絡しておこうか? そう続けた水瀬に巡は首を横に振る。おそらく浩仁と水瀬が先に阿木李護甲について話し合ってしまった場合、片山隼人の情報が新しい浩仁と食す者開発者として詳しく知る水瀬では話が噛み合わない、というより必要のない情報交換に過ぎないかもしれない。とはいえ水瀬の気遣いをそこまで頑なに断る巡は彼女には怪しく見えてしまうものであるのは当然であった。
「メグルは、阿木李さんの事を知っていたの?」




