第一歩 3
「テメェ……」
浩仁が歯を食いしばり苦い顔をする、短パンタンクトップは透過部分を多くするための策であったのか巡にはわからない、がこの状況下では最悪といっていい格好だ。いくつもの結晶が浩仁の肌に落ちては冷覚を絶え間なく与えていく。
「浩仁さんが戦えなくなるまで逃げ回らせてもらいますよ、俺も左腕がこんなんなんで」
「――ハッ」
早速この広い空間を使って距離を取ろうと思った矢先だった。浩仁が口から白い息を漏らす。その声は、間違っていなければ笑ったように聞こえた。
「おもしれェな……巡クンよォ……」
氷の使い手である巡にはこの室温はまったくもって無害だ。能力の影響か、自身にはその属性の耐性というものができる。すなわち巡にとって凍えるような場所であっても顔色一つ変えることはないということだ。だがこの男は違う、耐えられるわけがない。それなのに男は、浩仁は――
「つくづく、舐められたもんだ。ホントに」
「な――」
まるで衰えなどない、その動きは今までと同じように巡との距離をなくし、弾丸のごとく拳を叩きつけた。何度も、何度も。
「そんな小細工で、オレが弱るとでも思ってんのか……!!」
(この寒さがわからないのか? 氷の使い手でもない限りこの環境に耐えられるわけがない……極寒で浩仁さんの敏捷性を、封じるつもりだったのに……)
「オラ!オラ!オラァ!!」
一撃で腕の骨をへし折り、肋骨であれば2,3本は叩き壊し、蹴りでであれば最早折れたという感覚すら不明なほどに弾かれた箇所は麻痺し、外傷か内傷かの見分けすら困難になる打撃を次々に浴びせていく。
止まらない、その動きは止まることはない。殺すつもりはない浩仁であったがこのままでは死にも値する拳を、蹴りを緩めることはなかった。怒声と共に攻撃が咲き乱れ切迫する浩仁をただ、
巡は見つめていた。
「オラオラオラオラオラオラオラァ!!!!!クソがァ……ッ」
彼が攻撃をやめない理由、それは単純。
一度たりとも巡に攻撃が届いていないからだ。
「だから言ってるじゃないですか。室内では氷の使い手が有利だって」
凍えるほどの空間を創りだしたのは一番に浩仁の動きを封じるためであったが狙いはそれだけではなかった。浩仁の攻撃を阻むのは変わらず巡の創りだした氷塊、それは別世界となったこの環境において彼の能力そのものを格段に強力化させ、今までとは比べ物にならない大きさと、そして強度を実現させていた。浩仁が幾度となく攻撃叩き込んだ氷塊はヒビ一つ作ることはなく、ひたすらに浩仁自身の拳を痛めつけるだけだった。
「でも驚きました。この環境下そこまで動けるなんて」
ようやく浩仁の手が止まる。最後の一撃を氷塊に押し付けたまま荒い呼吸を何度も繰り返した。一体どれだけの打撃をこの氷塊に打ち込んだのかは彼にしか認識できていない。巡がわかっているのはただ防ぎきったという事実だけ、その上で改めて彼の体術に恐怖を覚える。
「なるほどな……テメェ、Aランクだったわけか」
自嘲気味に、頭を垂れたまま浩仁が静かに言葉を漏らす。
「まさか、俺はその下ですよ浩仁さん。"きっとAランクならもっと簡単に"かたをつけると思いますが」
「ハハッ……やってられっか……畜生……」
油断、そして後悔。きっと浩仁は今その2つを噛み締めているに違いない。力の抜けた声にその場は一瞬全てが終わったかのような錯覚を生み出した。最早攻撃を一度たりとも与えることができなくなった完全防御の巡に軍配が上がったと、きっと第三者がいたらそう思ったに違いない。
そう、それはあくまで第三者の発想であって、ここにいる双方は一ミリたりともそんな感情は抱いていない。
「殺しちまわないように……? 馬鹿かオレは……」
ピキッ…
浩仁の声と重なって小さな音がした。
「……っ」
巡を守り続けた巨大な氷塊の中央に一つ、綺麗に直線が走る。
「舐めてたのはオレだったワケだ」
そっと浩仁が氷塊から手を離す。そこからゆっくりと、氷塊は2つに"切断"され崩れ落ちた。あれだけの打撃を耐えぬいた氷塊があっさりと無力化されたのを目の当たりにした巡は深い藍色の瞳の中に赤い霧を漂わせる浩仁を見据え、笑った。
「やっと異能を使いましたね」
「あァ……前戯が長くなって悪かったな」
「おかげですっかり俺専用のフィールドですよ」
ハッ、と浩仁はもう一度笑う。
「安心しろ、もうすぐココはオレの為の場所になる」
(どういう意味だ? ハッタリかも分からないが……)
「……それを聞いて安心しました。俺は全力の浩仁さんに勝ってこそ意味を得られる」
「そうかよ。だったら今度こそ、マジでいくぞ――」




