第一歩 2
瞬間、巡を纏う空気が変化し、毛先が白く染まりなびいたと思ったら、彼を中心として白い霧が爆散した。それは浩仁をも巻き込んで、このホコリっぽく広い空間を満たした後、静かに色を失い元通りになった。巡は目を覚ました時から今の能力を自分の中で練り上げていた。状況からして戦うことになる、というより戦うことに誘導してしまおうと決めていたのだ。
ふっと霧が晴れ、浩仁の足元に2つの氷塊が落下して粉々になった。正確にはその氷塊も元々はひとつであり、今の霧を利用して撃ちだした不意打ちだったわけなのだが……浩仁はそれをいとも簡単に蹴り落としたらしい。
「舐められたもんだな」
対する巡は認識するのがやっとだった。5メートルの距離が即座にゼロになる、あっと思った時には浩仁の右拳が振るわれていた。とても反応できない、この巨体の一撃を見舞われて立っていられるほど巡はタフではない。つまるところ巡は浩仁の攻撃を一度もまともに食らうわけにはいかない。だがやむを得ず防いだ、その拳は巡の目には追えていなかったが、たった今この空間に四散させた能力による霧の動きを感じ取ることによって、彼の右拳がどのように動くのかを完璧ではないが解析する。そして瞬時に振り上げた左腕で彼の右ストレートを受け止め、あえなく巡は吹き飛んだ。
(あぁ……これは折れた)
あまりにもハッキリと分かる音だった。本当に骨が折れる音はこうなのか。巡はゴロゴロとコンクリートの上を転がった。
「部屋着が長袖だったのは運がなかったなァ? いや、半袖だったら腕を透過して腹部に直撃してたか――あァ手加減しねーとは言ったが異能は使わねーから安心しろよ、殺しちまうしな。テメェの親父と一緒にはなりたくねェ」
「そうですか……」
それはあまりにも気持ちのいい言葉じゃない。皆がどのように片山隼人を認識しているのか、その内の一つを今叩きつけられた様だ。左腕の激痛に耐えながら立ち上がる巡に再び浩仁がせまる。巡はとっさに後ろに跳ぶ、跳んで"宙に着地した"。極端に酸素を含まない氷、目を凝らせば見える程度のそれは光の少ないこの場所では更に捉えることが困難だ。氷柱を次々と出現させて高所に飛び乗っては浩仁から距離を取っていく。きっと巡が宙を歩いているように錯覚している浩仁は巡の進路を辿って同じく氷の上を渡る事は不可能ではなかっただろうが、そうはせず地上から巡の元へ駆けその真下の何も見えない空間を思い切り殴りつけた。
「ヤワな氷だな」
氷の柱は簡単に崩れ落ち、その上にいた巡はバランスを崩し落下する、下には浩仁が追撃の構えをして巡を待ち構え、絶好のタイミングになりかけた時、再び浩仁の視界が白く染まった。
「ちィ!」
別段眩しくもなく、ただ白く冷たいだけのそれは一度目と同じように直ぐ色を失うと浩仁の瞳に10メートル離れた巡を映しだした。
「そんなしょっぺえ目眩ましを繰り返したところで……どうにかなるとでも思ってンのか……」
浩仁にとっては5メートルも10メートルも関係ないのか、またしても巡は瞬時に距離を詰められる。だがここでもう一本の腕を……いやどこに食らっても致命傷の攻撃をもらうわけにはいかない。直後浩仁が拳を振るいそれに対してとっさに氷塊を宙に出現させ、あえなく叩き割られ二撃目の掌底をもなんとか次の氷塊で防ぎ、跳び下がろうとした巡に向かって浩仁は体をひねって左足を繰り出そうとしたが、彼の右足を氷で地面と固定させることで体の動きを封じ、しかし浩仁は両足で踏ん張るように立ち右足に力を入れるだけでその氷を破壊して身の自由を取り戻す。再度巡に躍りかかり何度も氷塊で防がれ防がれ防がれ、しかしいよいよ浩仁のピッチに巡が追いつけなくなった時、三度目の白い世界が訪れた。
「何度も何度も同じことを……それに偶然じゃねえ、テメェさっきからオレの攻撃をことごとく防ぎやがる、んな素人が見える拳じゃねェぞ……」
「そんな不思議なことですかね」
「あァ……?」
巡は淡々と続ける。
「この場所が俺にとって有利なだけですよ」
「有利ィ……?」
「肌の透過部分を増やすためにそんな薄着で来たのか知りませんが、室内で俺に勝負を挑むのはどうなんでしょう」
仕上げの爆散。それは瞬間的にこの空間に広がり、今までもたらしていた変化をあざ笑うかのような激変を遂げた。
室内温度:約-20℃
先ほどまで何もなかった空間にキラキラと氷の結晶が無数に舞う。
「これでおおよその準備は整いました。浩仁さんの攻撃はもう俺には届きませんし、いずれ体温を奪われあなたは動けなくなる」




