第一歩
「本当にここに残るんだな」
「うん」
「そうか、昔からお前は家事からなんでもこなす奴だったし、心配はしないが……」
「ねぇ隼人さん」
「ん、なんだ?」
「そのうち、友達をつれていくよ」
「友達、をか……?」
「うん」
「そう、か……しかし」
「いいでしょ、俺の自慢の家族だって、みんなに紹介するから」
「そうか……わかった」
「楽しみにしててね」
「あぁ。元気にやれよ」
「うん、隼人さんもね」
†
目をとじる前は、もちろん自宅のベッドだった。だが目を覚ました時には知らない場所にいて、かつ自分の両手は後ろに回されロープらしきもので縛られていた。
「おはようさん、巡クン」
寝起きだというのに視界がハッキリしているのは、自室の眩しさとは違いこの空間に差し込む光が少ないからか。埃っぽいが広く、巡の前5メートルほどにいる人物の姿が見えるくらいには明るい。
「浩仁さん、何事ですか」
全く綺麗とは思えないコンクリートの床に座っている巡は顔を上げ巨体を見据えた。今日も赤髪を後ろになびかせ、服装は短パンタンクトップという筋肉を自慢するかのような格好、まだ春先だというのに寒くないのか。
「んー、ちょっとな。聞きたいことがあってよ」
「質問にここまでする必要があるんですか」
巡は後ろで縛られている腕を動かしてロープを唸らせた。
「それがあるンだわ、巡クン。君の正体についてだからさ」
(昨日の今日で、コレかよ……)
「オレが何を言いたいか、わかるかい?」
なんとなく優しい言い方ではあるが、声音は決してそのようなことはない。むしろ低く重い威嚇するような声だった。
「娘が入院してる間にさァ、本部で君のことを調べたんだ」
「はぁ」
(つまり綾が感づいたわけではないのか)巡は少しだけ安心した、彼女に"このこと"が知られてしまうのは今じゃなくていい。
「息子、いたんだってな、片山隼人に」
片山隼人。その名を言う彼の声に巡は生唾を飲み込んだ。今一瞬、素直に怖いと思うほどの怒りを感じた。
「……で、何が言いたいんですか」
「いやァねえ? 君ならもう理解できるんじゃないかなァ」
しゃがんで巡と同じ視点になった浩仁がすっと据わった瞳で巡を見る。
「すいません。まったく理解できないのですが」対する巡は、こう返答することがベターだった。
「嘘はよくねェな…」少しずつ、彼の怒りが露骨になってきたかもしれない。
「一緒に暮らしてたんんだろォ? だったら知らないわけがねェ。いやオレはむしろ、知っててなお片山隼人と共に何か企んでるんじゃないかって思ってるわけだが……あァつまりそれが巡クンを縛ってるって理由に当たるんだけど――ここまで言ってまだしらばっくれるか?」
「浩仁さんは片山隼人について誤解をしています」
そこでこう切り出した事は、正しかったのか。
「あァ……?」
「浩仁さんの妻を、娘さんの母親を殺したのは間違いなく片山隼人です。それは肯定します。そのうえで言います、あなたは隼人さんについて誤解をしている」
「……自分が何言ってンのかわかってるか、お前」
あぁ、これは殺されなくても半殺しの目だ。そんなことを思いつつも巡は口を止めない。「もちろんです、聞いてもらえるのなら話します。こうなった以上浩仁さんには信じていただくしかない」「――どんな話だろうが……」
間髪いれず、
「信じれるわけ、ねェだろーが…!!」彼の怒声が響き渡った。
「ですよね」
パリンと、自分の後ろで凍結させたロープを壁に叩きつけて割る。立ち上がった巡は汚れた部屋着を叩いてホコリを落とした。こんなところに部屋着でいることに違和感がこみ上げてくる。しかし今は当然そんなことを気にしている余裕はなく、
「娘には金輪際近寄るんじゃねェ」
「それは難しいです、俺は共存を目指す一人ですから、浩仁さんと同じですよ」
「ほざけ……」
「聞き入れてもらえないのはもう分かりました。でも実際問題俺は、浩仁さんに話を聞いてもらう他ありません」
「オレはテメェの話に耳を傾けるつもりなんざねェよ」
「だったら、やることはひとつですよね」
あァ、そうだな。と言って浩仁も立ち上がる。
「そのためにわざわざロープなんかで縛ったんだ、氷の使い手ならそんなもの簡単に外せるからな。つまり立ち上がる意思があったってことはもう」
「はい」
改めて言うまでもない。この人には無理にでも話を聞いてもらう、その為には巡が自分の力でこの男を降ろさなくてはいけない。正直自分の力でそんな事できる気は毛頭しないが、ここで立ち止まるわけにはいかない。片山隼人を救い、共存を促進させるためには。
「言っておくが、手加減なんかしねェぞ」
「当たり前ですよ、浩仁さん」




