誰かの言葉
手に入れる者と食す者は決して交わらない、それは生殖活動を条件とした時の絶対的な事実だった。肌を触れ合わせることが不可能な互いは、同じ人間としての感情を持ち合わせ、万が一恋に落ちたとしてその二人に子孫が残ることはあり得ない。同じ者同士で抱き合う事で子孫は誕生し、また手に入れる者からは手に入れる者しか生まれず、食す者からは食す者しか生まれない。
では、手に入れる者はどこから来たのか?
それはまだ明らかになっていない。明らかにする必要性も怪しいと言ったのはあの教科書の打開策やらを説いたお偉方だ。結局突然変異として処理することしかできず、特に解明に急ぐこともなかった。別に同じ人間なのだから、変に警戒心を持つものではなく、特別扱いをするのも今の手に入れる者には心に負担をかけるだけ、少しの協力者とその好意を得て、ちょっとずつでいいから分かることを増やしていけばいい。一番大事なことは、手に入れる者と人、また食す者の間に差別ができないこと。それさえなければ、後々うまくまとまってくるはずだから。だから共存区域ができた今、いやそれ以前からどんな異能が存在するかわからない世の中に、他人に異能を強要することを禁じる呼びかけをした。またそれは能力に関しても同じだった。簡単なことだ、特殊な力を労働や私的理由に利用することなどあってはならない。
混乱が収まるにはまだ少し掛かりそうだが、これから先は共存してこその道が日本には求められている、それ以外は絶無である。なにより、食われるモノという存在に対抗できる勢力がバラバラになってしまっては、我々の未来はすぐそこで途切れてしまうかもしれない。




