殺められるべき 9
「そうですね……」
ふと宮前が病室の時計を見た、そのあと何かを思い出そうとする仕草をしてみせてから姿勢を直して「まだ面会時間に余裕がありますし、どうです巡さん。当ててみませんか?私の異能」と、さっきの冗談の仕返しなのかすこしいたずらな笑みを浮かべて言った。
「いや……当ててみませんかとか言われても手がかりが少なすぎるし」
「ひとつくらい浮かぶんじゃないですか?」
依然と口の端が上がる彼女に、巡は今から自分が言う答えが絶対に間違っていると悟った、この自信ありげな表情はつまりそういうことだ。巡は謎の悔しさを噛み締めつつ率直な予想を述べる。
「回避の異能」
「残念はずれですっ」
畜生この……。
「はい降参します」
「えぇ~~」
「いや何だよそのつまらなそうな顔は」
「だって全然当てる気ないんですもん巡さんてば、ぶぅ」
頬をふくらませてお怒りの様子の宮前、そんな姿に少し癒しを感じてしまい、同時に相当入院が退屈なのかもしれないと思うと、なんだか付き合ってあげたくなってくる。どのみち宮前の異能を知らずにここを立ち去るわけにもいかないので巡は深呼吸をして腕を組んでみた。
そもそも異能には種類にもよりけりだが所々ルール無用な箇所がある。能力は属性を使役するに終わってしまうが異能に関しては抽象的であったり非限定的であったりする。まだ手に入れる者に関する情報は浅く少ないため断言されていないが、現状では瞬間移動の異能や隕石を降らす異能が存在しないとは言い切れないという。つまり、異能はどんなふざけた条件下の異能にもなり得るということだ。だから例えば、回避でないのであれば……
「対象の動きを予測する異能」
「んー、違いますね」
「だよなぁ、予測できたところであの回避は人間の動きじゃなかったし」
組んだ腕の、二の腕部分を指でつつきながら巡が唸ると宮前が頬を膨らませて「ひどいです、あれはちゃんとした人間の動きですっ」とまたもやご立腹だ。しかし今の言葉、巡はヒントとして受けとった。
(異能によって生み出された動きでありながら、人間の動きであり、かつ相手の動きも予想せず回避するが、回避の異能ではない。ダメだ行き止まる。……じゃあ最後を回避に限定した異能ではない、としたらどうなる?)
「別に回避に限ったことではなく、人間の動きだが超人的な動きを生み出せる……」
「ふんふん、間違ったことは言ってないですね」
「くっそ、楽しそうだな綾、頭が痛くなってきたぞ」
「いいところまで来てますから、頑張ってください」
(何か引っかかる、なんだろうか……人間の動きなんだから変な矛盾があるわけでもないし――)
「いや、あるだろ」
「?」
宮前が首を傾げるのにまるで気づかず巡は指先に引っかかった糸をたぐり寄せるように思考を引っ張りだした。そもそも宮前は巡にとって人間の動きではないように見えたそれを何故簡単に人間の動きだと言い切ることができたのか。引っかかっていた正体はそれだった、つまり宮前はその動きを人間がやってのけた事を見たことがある、知っているからこそ人間の動きだと言い切れた。そしてその動きを宮前自身が行った。すなわち――
「動きを真似る異能」
「残念でしたっ」
「アイエエエエナンデ……」
今の、正解の流れじゃなかったのか。
「ん~……当たり、ではないんですが、大ハズレじゃないってことにしておきましょうか。それでもって回答の時間ですっ」
「もう好きにしろよ……」
敗北感に打ちひしがれながら巡は宮前の異能について解説を受けることとなった。
「私の異能は、特殊な記憶ができる異能、父からはもう一つの記憶と名付けられました。」
「もう一つの記憶……具体的には?」
「はい、私はこの異能を発動時に教わったことを特殊な記憶場所に書き込み、それを自分の体で可能な限り引き出すことができるんです。ただし異能発動時に、相手が教え、私が教えられているということが最低条件です、このいずれかが欠けてしまうと記憶は通常のものとなり引き出すことも無ければ忘れることもあります。そして私のあの動きはお父さんの体術です、もう一つの記憶を発動させお父さんが私に体術を教え、私が教えられていると自覚することで特殊記憶が完了されました」
「なるほど……」
感想と聞かれれば、"さすが異能"といったところだ。能力とはまるで違う、多様性、多彩性、万能性…そのようにまで感じてしまう。これが異能、人が生み出した能力とは比べ物にならない、故にランクというものさしで測ることもできない。
「質問、いいか」
圧巻されながらも巡はひとつ気になったことがあった。
「なんでしょう?」
「そのもう一つの記憶の記憶は、瞬間記憶能力のように忘れることがないのか? 永久記憶かつそれを自分で引き出すことができるのか?」
しかしその質問を投げかけた瞬間、宮前の顔色が激変する。背もたれに全ての体重がかかり頭を垂れその手は毛布を軽く握っていた。
「……わるい、聞いちゃまずかったか」
「いえ……いいんです。これも異能の説明ですから」
きっと、もう一つの記憶は完全記憶ではなく、何か忘れる条件があるのだろう。そしてその条件が彼女にとってよくないものであるのはもう聞かなくても分かった。巡が無理に話さなくてもいいと言おうとして、先を越される。
「もう一つの記憶で手に入れた記憶は、教え主が亡くなることで消滅するんです」
「……」
それは、つまり。既に誰かを亡くしたということであるのは明らかであって、巡にはそれが彼女の母親とすぐ結びついてしまったことがどうにも言葉にならなかった。
「私、小さいころとても美味しいクッキーが作れたんです」
話さなくていい、そんな顔をしてまで話さないでくれという意思が、言葉が巡の喉元までこみ上げてくる。それなのに巡は彼女の言葉を最後まで聞こうとしていた。この話が彼女の母親の死因と関係がある以上、最後まで聞くべきなのではないか。
「そのクッキーの作り方は、お母さんが教えてくれたからなんです」
「……」
「けれど、ある日お母さんが亡くなりました」
「……」巡は黙ったまま彼女を見ていた。
「悲しくて、悲しくて、その悲しさを紛らわそうとした私はクッキーを作ろうとしました」
しかし、その結果は自分の記憶からクッキーのレシピが欠落していたため叶わなかったという。しかもクッキーの作り方を教わったという事実は消えない、その情報は通常の記憶として宮前の体に残っているからということだった。思い出したいことは思い出せなくて、思い出したくないことだけ覚えている。多様性、多彩性、万能性。さっきこんな言葉を心であれど並べてしまった自分を殴りたくなった。大きな力には、大きなリスクが隣り合わせになっているものなのか。
「病気か何かだったのか……」
もし病気か事故であったなら、悪い話だが巡は胸を撫で下ろしただろう。しかし……
「いえ……」
すっかり弱った声音の宮前に、巡は一層耳をたてる。
「殺され、たんです」
返ってきたのは、望んだ答えとは異なる、しかし予想通りのものだった。
「そ……か……それ以上は、言わなくていいから、ごめん」
言わなくても、もうわかってしまった。だってあの人は……一人で全ての手に入れる者を始末する人だ。
「見舞いに来たのに、こんなん話して悪かった、今日はもう帰るよ」
「……」
今度は宮前が口を開かず、そして巡もそれ以上は何も言わなかった。静かに立ち上がり静かに病室をあとにする。悪いことをしたとわかっていても、やっぱりこれだけはハッキリさせて置かなければいけないと思った。そして自分以外誰もいなくなった病室で宮前は俯く。
(巡さん、どうして……そんなことを聞いたんですか……巡さんの苗字である片山は、私は"そうでないと"信じているんですよ……? それなのにどうして母の死因について聞いたんですか……どうして、殺されたと言った時、そんな顔をしたんですか……)
今窓から外を見下ろせば、巡が見えたかもしれない。しかし彼女がそんなことをするはずもなく、巡が振り向き見上げることもなかった。
(もし、コレがあの親バカにバレたら、俺殺されるかもな)
あの一家からすれば、巡は充分に殺められるべき理由のある人物だった。
そしてその予想は、たった一つ日をまたいで訪れる。
明朝の教室に、彼の姿を確認する者はいなかった。




