第一歩 4
巡は右手をふわりと浩仁の方へ差し向けた。今だけは、巡は普段の能力をはるかに上回る力を扱うことができる。その手から出現したのはもう先ほどのとは比べ物にならない、直径にして巡の身長と同等の氷塊を浩仁に向かって一直線に弾き飛ばした。いくら浩仁とはいえコレを喰らえば吹き飛ばされ無事ではすまない。
「――あんだァ? この間の食われるモノのが何倍もデケェじゃねェか」
と言った浩仁の前には、既に6分割された氷塊が横たわっていた。相変わらず目で追えない早業かつ強力的な攻撃。しかしそれくらいは予測済みだ、強大な氷を破壊した彼の背後にはいつの間にか直径30センチの氷塊が4つ浮かび上がり、今まさにその内の一つが射出されたところだった、正面からの氷塊は完全に囮だったわけだが、果たして浩仁にそんなものは無意味で、振り向きざまに裏拳をあて異能で氷をパックリ両断すると巡の操作により一斉に迫り来る3つのうちひとつを蹴り飛ばし両断、ひとつを回転しながら跳躍することでまた回避、最後のひとつをそのまま回し蹴りで大破させ着地した彼を急速旋回して戻ってきた氷塊が直撃。したかと思いきや、どんな力の入れ方をすればあの体制から後方宙返りができるのか、飛び上がった浩仁の下に出来た空間を氷塊が通過、しかけたところで彼はおもいきり足で蹴りあげた。
その流れるような一連の動きに巡は宮前の姿を思い出していた。当たり前だ、あの動きは浩仁から手に入れたもの、この男が宮前以上の回避を可能としてもおかしくない。浩仁には回避もあったんだったと巡は今更ながらに理解していた。わかりきっていた事だったのに打撃と斬撃が強烈過ぎてそこまで考えが追い付いていなかった。
(この人に氷塊をぶつけるのはほぼ不可能だと思ったほうがいいな……でも今ので浩仁さんの異能が何なのか大体わかった)
きっと彼の異能は宮前綾ほどの複雑性をもっていないだろう。先ほどから見るに彼は斬撃を自由に編み出せるのではない。自身の拳や蹴りが直撃したことによる氷の切断は確認できたがそれ以外は回避していた、つまり斬撃には発動条件があり、それは対象に打撃を与えること。もしくは触れること、だ。
「次はこっちから行くぜ、覚悟しろよ……」
もう浩仁と何メートルの距離があったのかなど気にしていなかった、5メートルや10メートルじゃ彼は関係なく一瞬で詰め寄ってくる。対して巡はそれに肉眼で認識することはできない。だからこの空間の霧を感じ取り、さらに瞬間的に氷の盾を宙に生成し彼のストレートを受け止めた。案の定彼の拳を受け止めた盾は真っ二つになる、これでほぼ異能について確信した。巡は再び飛び退って5回目の霧を爆散させる、今まで室内を凍えさせたことは何度かあったが、5回以上は試したことがない。
だから――そこには、自分さえ見たことのない世界が広がっていた。
「はは、ははははは……」
これが笑わずにいられるか。
創りだしたわけでもないのに、この空間のそこら中に30センチ級の氷塊がうじゃうじゃ漂っている。あろうことか一つの氷塊に意識を集中させると自分が創りだしたモノと同じく操作が可能だった。それはまるで、自分だけが使える武器が無限大に転がっているに等しい。巡は笑った、自分でも不気味だと思うほどこの状況を笑った。
「ハハ……ハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」
唯一解せなかったのは。
何故"彼"までもが笑ったのか。
何だ、何だというのか。その表情は、その声は、その自信はどこからきた。巡には分からない、たった今この瞬間この空間は圧倒的なまでに巡の味方をした。それは絶対に揺るがない。もはや彼に勝ちの目など――
「終わりだ――」
浩仁は拳を振るった。距離も詰めずに、ただ無限にある氷塊の中の一番近いモノを"巡に向けて飛ばすように"殴った。
直後、
「ッ!?」
そして巡は気づいた。
「まさか――」
馬鹿げている。
自分の部屋着が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「だから言ったじゃねェか、もうすぐここはオレの為の場所になるって――テメェのおかげでな」
立て続けに2回、巡は体に鋭い痛みが直線上に走るのを確認した。そう、これは数メートル離れているはずの、彼の斬撃に間違いなかった。
(斬撃、は……飛ばすことも……できたのか……)
あまりの痛みに膝をつく巡。それを見て浩仁は攻撃の手を止めた。巡には彼の手加減を察する余裕などありはしなかったが、ここまでの巡や氷塊に対する斬撃は著しく力を抑えたものだった。少しでも本気をだせばあの食われるモノの何十分の一に値する体積の巡はまず木っ端微塵になる。自分でも恐ろしくなるほどの地形補助を受けた氷の使い手の能力も、数字に変換してしまえば彼の異能にどれだけ及ばなかったのかは想像もつかない。
「この室温も、強化されたテメェの能力も、オレにはハナから通用しねーんだよ」
彼にとって、巡が離れていようが近くにいようが関係ない。最初からやることはひとつだった。




