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(どうしたんです、つくえさん?)
(ああ。あまり時間がないんだ)
(なんの時間がです?)
(おまえと会話する時間がだ)
(え?)
(会話する時間はそうは、ない)
(どういうことですか? 僕、わかりません)
(俺に残された時間は、少しなんだ。……最後におまえにお別れをいいにきた)
(お別れ?)
(そうだ)
(誰とです?)
(おまえとだ)
(ふふふ、いやだなぁ、つくえさん。いきなり冗談言って。僕をまた絶叫させたいんですか? やりましょうか、ええ! って)
(俺は、本当のことを言っている。俺はもうすぐ消滅する。本当に消滅するみたいなのだ)
(なに言ってるんですか。つくえさんは、この机に戻ってきたんですよ。そして今こうやって僕と話している。もうつくえさんはどこにもいかない)
(最後の願いをきいてくれたんだ)
(はぁ? 誰がですか?)
(偉大な存在がだ)
(偉大な存在? なんですかそれ。もういいですよ。嘘考えるのも大変でしょ、もういいですよつくえさん)
(稀川通太、真剣にきいてくれ。これは本当のことで、冗談や嘘ではない)
(え?)
(俺はあと、数分でこの世から本当にいなくなるようだ)
(数分……)
――――「稀川!」
(偉大な存在は、最後の願いをききいれてくれた。それで俺はここに来れた)
――――「稀川!」
「なんで……」
「稀川! 顔上げろ!」
さっきから、五時限目担当の先生が通太の名前を呼んでいるのだが、通太は顔を伏せたまま、名前を呼ばれても応答せずにいた。呼びかけは、数秒前から怒号に変わっている。
「稀川!」
この声は通太にも聞こえた。
「なに? 僕、誰かに呼ばれている?」
「稀川、いい加減にしろよ」
先生は、教卓を離れると、通太のいる席に詰め寄った。
「おい! 何回名前呼ばれれば気が済むんだ? いい加減顔上げ――」
「う、うるさぁい!」
突然、通太が立ち上がった。
その際、通太の髪の毛が先生の鼻先に掠めた。もう少しで、通太の頭が、先生の顎を捉えそうな距離だった。
「ごちゃごちゃ、うるさぁい! こっちは今、取り込み中なんだ!」
先生は通太の迫力に声も出ない。
通太は、二、三秒先生を睨みつけると、腰を少し下ろし、両手と腹で机を押さえ抱え出した。斜めになった机からは、筆箱、教科書、ノートが、バサバサと通太の足元に落ちてきた。
「な、なにを」
やっとの声を出した先生の目の前を、通太は机をそのまま抱えながら通り過ぎようとする。
でも先生が通路にいるので、思うように抜け出せない。
「お、お、お、おい」
「先生、邪魔!」
そう言うと通太は強引に先生の前を通り抜けた。そのまま通太は、黒板と教卓の間をすり抜け、教室を出て行った。
みんながみんな唖然とし、開け放たれた戸口を見ている。
しばらくして先生が、思い出したかのように
「稀川!」
と怒鳴った。でもそんな声通太には届くはずもない。意味なしだった。
「あ、あいつは、ほっといて授業するぞ」
先生は、額の汗を手の甲で拭いながら教卓に戻ると教科書を開き始めた。
ガタン! と音がした。
先生は、おもむろに音に反応した。
「一波、どうした?」
綾乃が席を立っていた。それから戸口の方に歩むと、そこでしゃがみ込む。
そこには通太の机から落ちたノートがあった。彼女はそれを拾い上げると、次に、黒板の前まで移動して、同じく落ちていた国語の教科書を拾い上げる。それらを持って、椅子しかない通太の席に行くと、バラバラになっている教科書、ノート、筆箱を綺麗に整え、椅子の上に置いた。
「一波! そんなことせんでいい! 早く席につけ!」
先生はこめかみに血管を浮き立たせ、怒鳴る。でも明らかに狼狽していることは、誰の目からも確認できた。
綾乃は、頬を赤らめ、うっとりとした表情で席に戻った。
あの顔が好き、と彼女は、改めて通太に恋していることを実感していた。




