35
通太は校舎の外階段を駆け上った。
と、二階で急に立ち止る通太。
彼は、一波綾乃の話を信じていない訳でなかったのだが、笹山露子が本当に学校に来ていないか確認しようと考えた。
三年六組に辿り着いた通太は、教室を見渡す。
笹山露子はいないようだ。
教室にいる生徒に彼女がいるか聞こうとしたが、やめた。人にものを尋ねるという行為が、度胸の無さでできなかった。このことは、前の彼から進歩していないということの露呈。
肩を落とし、力なく自分の教室に戻ろうと階段に歩む寄る通太に
「あれ?」
と昼食を終え、食堂から戻ってきた多納宏美が声をかけた。
「あっ」
通太も気がついた。
多納宏美は、一緒に食堂に行っていた友達に、先に教室行ってってというと通太の前に来た。
「先日はどうも……」
通太はお辞儀をした。
「ええっと……、稀川くんだっけ?」
「は、はい」
通太は驚いた。自分の名前覚えてくれていたんだということに。先週の金曜日に、三年六組に乱入した時、この多納宏美に自分の名前を言った記憶はあったが、まさか覚えてくれているとは……。
「やっぱり、さっきわたしらを階段で追いぬいていったの、稀川くんだったんだ……。露子に逢いに来たの? でも残念。今日もいないの」
「はぁ」
一波綾乃の言ってたことは本当だった。別に怪しんだわけじゃなかったが、結果的に勘ぐってしまったみたいで、通太はなんだか後ろめたい気持ちにとらわれた。
「聞いたわよ、露子から」
「えっ、何をですか?」
「あのあと逢いに行ったんだって、露子のところへ」
「ええ、まぁ……」
携帯で連絡を取り合ったんだと、通太は直感した。
「それにしても……今日は稀川くん元気ないね」
「そうですか?」
「先週わたしらの教室に乗り込んできた時は、なんだか圧倒される雰囲気醸し出していたのに、今日は、まったく無いよね、オーラって言うの? それが」
多納宏美も痛いとこをつく。通太としても、それは重々わかっていたので、彼女の指摘は辛かった。そう、今の僕は抜け殻です、と説明したかった。
「あの、それじゃ僕行きます」
通太は教室に帰ろうとした。
「露子、明後日の水曜日に学校に来る予定よ」
正真正銘、一波綾乃の情報は正しかった。
「そうですか、ありがとう」
力なくそう答えた通太は、廊下を歩き始めた。
「稀川くん!」
多納宏美の声は、廊下に強くこだました。
「はい」
「大丈夫?」
「え?」
通太は、彼女の質問が理解できなかった。なぜ気遣うの? なにも言わないまま彼女を見る。
「気を悪くしないでね。素直に大丈夫って思ったから言ってみたの。他意はないのよ」
通太は、僅かに微笑むと
「大丈夫です。ありがとう」
と言って階段に向かった。
多納宏美が思わず声を掛けてしまうほど、通太は疲労困憊していた。
歩幅は小さく、腕も振らず歩く通太は、学校の怪談よろしく、亡霊のようだった。
ゆったりゆったり歩く通太は、二分ぐらいで辿り着く所要時間に五分以上をかけ一年五組に辿り着いた。
教室には、食堂から戻ってきた生徒もいて、喋り声で湧いていた。
その中を通太は、ここまで来た歩行と同様、ゆっくりと、肩を落とし歩いて行く。彼に気がつく生徒は、
「おい、あれ」
と言い、喋るのをやめる。
騒がしかった教室が、すぐさま静かになった。でも通太は、その変化には気がつかず、弁当をカバンに押し込むと、自分の席に着いた。それから机に崩れるように伏せた。
意識を失うように本当に寝た。寝息が周囲にもわかるぐらいにだ。
週末は気が立って眠れず、精神的な疲れ以外にも、睡眠不足のせいもあったのだろう。
周りの生徒は、数分間通太のその様子を見ていたが、徐々に話しだした。
でも会話は静かにおこなった。近くに睡眠中の赤ん坊がいるかの如く。




