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駒野駅のホームは、帰宅ラッシュになりつつあるのか人がたくさん行き交っている。
通太と綾乃は、電車に乗るため列に並んでいる。
通太は本屋からここに来るまでも、そして今もずうと一波綾乃の名前を呼んでいた。
「一波さん」
しかし彼女は呼びかけをずうと無視している。
「あのほんとに僕、まだここに……」
しかし綾乃は無視だ。
しばらくすると電車がやってきた。
列に続き二人は、電車に乗り込む。通太は泣きそうな顔をしながら。
綾乃は身軽だからかすんなり座席に座れた。通太は無理だった。満員とまでは言えない車内は、それでもぬいぐるみと雑誌を抱えた少年にとって気を使うものだった。
通太のすぐ傍でうっとしそうに睨みをつけてくる中年のサラリーマン。苦笑する女子高生たち。
通太はぬいぐるみに隠れるように、身を縮こませる。
だが電車が揺れると、否が応でも顔面を表舞台に立たせざるを得ない。
そしてまた晒されるのだ、大衆に。
中年のサラリーマンは、次の停車駅で下車した。変わって入ってきた乗客に通太はまた驚きの目で見られる。そのようなことを何度か繰り返しながら目的地である星川に到着した。
この頃通太のフラストレーションは最高潮に達していた。
電車から降りた綾乃は、乗り換えのため、地元に通じる電鉄に場所を移そうとした。
しかし通太は、電車から降りるなりその場から動こうとしない。
「何してるの稀川? 行くよ」
しかし通太は動かないし、なんの反応も示さない。
「いい加減にしなさいよ。大声出すわよ」
「僕は行きません」
「えっ?」
「僕は帰りません、あの町には」
「なに言ってんの?」
「あんな何もない所に……、つくえさんもいない所に戻ったって……」
「そんなのわからないでしょ、教室に戻って――」
「いないんだつくえさんは!」
周囲を憚らず泣く通太。
「僕の……最後の希望だったんです……。きっと僕が立ち上がる最後のチャンスだったんです、つくえさんは……。でもいない。もう駄目だ。僕は駄目だ。あの町で僕を待っているのは、悲惨な現実だけなんだ」
「じゃあこのままここにいるの?」
通太は肩をヒクヒクさせ泣いている。
電車は、通太たちの前で折り返すために停車したままだ。車内には出発を待つ乗客が、通太を怪訝な顔で見ている。それにしても今日の通太は大衆の目によく晒される。
しかし凄いのは、一波綾乃でもあるといえよう。目の前の通太が泣きじゃくっていて、彼女も周囲から関係者と認められているのは、容易に察しづくのに、恥ずかしさなど微塵も感じさせない。
まるで駄々をこねる子供を気長に見守る母親のようだ。
「あのさぁ、そんなんじゃ困るんだけど。もっと強くなってくれなきゃ」
と綾乃は通太に声をかける。
通太は泣く中、その言葉に違和感を感じた。
「え?」
どういうことなんだ、困るって?
「あ! すみません、こんなとこで泣いてしまって」
通太は大衆の面前で泣く自分のことが一波綾乃には困るんだと思った。そうとった。
「どこで泣こうがいいけどわたしの彼氏になるんだったら、もっと強くなって欲しいわけ」
「――彼氏……」
通太は口の中で言葉にした。
なんだ彼氏って?
「つくえからもう聞いてるでしょ、わたしの気持ち」
「あの、なにが? ……」
「なにがって、つくえが最後にあんたに言った言葉」
――一波綾乃はおまえに好意を持っている――
「――あ、あれは……あれは錯乱したつくえさんから咄嗟に出た他愛もない言葉で……」
「最後に余計なことをって思ったけど仕方ないわ。バレちゃ」
「一波さん、一体……」
「とにかくあとはわたしに任せなさい。いい? あんたはなにもしなくていいから。じゃ行くわよ」
綾乃は構わず歩きだした。
「一波さん、どういうことなんですか? あとは任せろって……、いや、それよりも彼氏ってなんのことですか?」
「これ以上をまだ女の子に言わせる気? あんた、女心も勉強しなきゃね」
振り返りもせず、綾乃は悠然と通太の前を行く。
とにかく通太は、歩き出した。




