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シンクロナイズド  作者: 響野旬悟
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 通太は、帰路につこうとした。

 だが、なかなか足が駅へと向かわない。

 もはや彼の思考は完璧に現実へと戻されていた。ここまで来られた原動力だったつくえはもうおらず、手を離れた風船のように漂うしかなかった。学校を抜け出した三時間前の自分はどこにいった? 情熱的な行動力はどこへいった? 先生に冷静沈着にすごんだ自分はどこにいったのだ? 思い返しても戻ってこないあの時の自分。例えるならジュースの缶ようだ。飲む前は重くズシリしているが、飲まれたあとは、少しの風でも地面を転げるあの空洞さ。心の空洞はもう戻らない。

 こんな弱さで地元に帰られるのか? 

 自問しつつ通太はいつのまにかロータリーを何周もしていた。暑ささえもどこかにいった感覚のままグルグルした。

 その最中、一人の少女が、彼の視界に入った。

 通太は、懸命に視点を凝らし、ピントを合わせようとする。

 陽炎がたちこめる地面に浮かんだように佇むその人は、一波綾乃だった。

「さっきからなにしてんのあんた?」

「一波さん? なんで? 帰ったんじゃ……」

「わたしね、お金持ってないの。だから帰れないの。それで改札の前であんた来るの待ってたの。でも全然来やしない。そしたら笹山さんが血相変えてわたしにも気付かずに改札通ってホームの方行っちゃうじゃない。あんたも続いてくるかなて思って、様子をうかがっていても来やしない。それで改札を少し離れてしばらくどこ行くでもなくブラブラしてたらあんたを発見。駅の方に来るだろうなって待っててもあんたはロータリーをグルグルするだけ。それで痺れ切らして、ここまで出向いたの」

「そうだったんですか……」

「笹山さんはどうしたの?」

「おじいさんがまた倒れたって連絡が入って、露子さん実家に戻りました」

「ふぅん」

 一波綾乃は炎天でも涼しげな顔をしていた。一方の通太はまさに身も心もボロ雑巾のように萎れている。

「ねえ」

 突然、綾乃の口角が妖しく弧を描いた。

「おごってよ」

「えっ?」

「私の心を無下にした罪ほろぼしよ。昼食ごちそうしなさい」

 通太は時計を見た。もう時間は正午をかなり回っていた。昼食を食べてもおかしくない。

 確かに、一波綾乃を怒らせてしまったのは自分だ。通太は承諾した。

 彼らは店を探した。綾乃は手っ取り早く近くにあった、通太と笹山露子が先ほど入った喫茶店を指さした。通太は反対したのだが一波が強引に入店していった。通太は渋々後に続いた。

 結局、スパゲティとグラタン、それにオレンジジュースをおごらされた。通太は何も頼まず、水だけを飲んだ。

 会計の時、通太はまた女の店員に睨まれた。店を出る時、通太の萎れ度はひどくなっていた。

「こんなんじゃ、まだ罰は拭いされないからね」

「そんなぁ」

「乙女を傷つけたら高くつくの。――さてこれからどうしようか? 今日は早退したんだし折角こんな都会まできたんだ、今日はおもいっきり遊ぼうか」

 一波綾乃はキョロキョロする。どうやら何して遊ぶか物色しているらしい。

 通太は低姿勢で、綾乃に擦り寄った。

「遊ぶって、僕も一緒にですか?」

「当たり前よ! お金持ってんのあんたなんだし、今日は一日中私に従ってもらうからね」

 一波綾乃はそう言うと、歩き出した。通太はコウベをたれて一波に続いた。

 カラオケボックスにまず入店。一時間半ばかし歌ったのち(もちろん一波綾乃だけが)次はゲームセンターに向かう二人。通太はここで生まれて初めてプリクラというものを体験した。

UFOキャッチャーもした。綾乃が、どうやって取れたんだと思わず言いたくなるぐらいのバカでかいクマのぬいぐるみをゲットした。通太はそれを持たされた。そのぬいぐるみを持ったまま本屋に入店。なんでも今日はいつも綾乃が購入している月刊誌の発売日だそうだ。当然通太が月刊誌を買い、それも彼が持った。通太はもう本当にヘトヘトだった。

 そこへ

「帰ろうか」

 という綾乃のあっさりした一言。

 通太は心の底からホッとした。

 が、地元に帰ると考えたら、躊躇する自分がいる。

「一波さん!」

「なにっ?」

 いきなり横で通太に声を上げられ、綾乃もびっくり声で反応した。

「急になによ?」

「先に帰っててくれませんか? これ――」

 通太は、綾乃にぬいぐるみと雑誌を強引に手渡すと、財布から三千円を出した。

「これで先に――」

「なに言ってんのよ――」

 綾乃は、受け取ったぬいぐるみと雑誌を通太に突き返した。

「うわ!」

 通太は雑誌を取り損ねた。

「どういうつもり、まさか私にこの荷物持たせて帰らせる気?」

「いえ、そのあの、僕はまだ……その、ここに残ろうと思って……」

 その言葉を聞き、綾乃は咄嗟に、三時間前ぐらいに見た通太の奇行を思い返した。

 ロータリーをグルグル回っていた、通太のあの行動をだ。そして納得したのだ。

 彼女は通太を鋭い横目で眺めた。

「そんなに帰りたくないの、舞峰町に」

「え?」

 通太は今拾った雑誌をまた落とした。

「わかりやすいわね、稀川は」

 そう言うと綾乃は歩きだした。

「一波さん!」

「帰るわよ」

 二人は駒野駅に向かった。通太は厭々ながら。


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