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通太たちの乗る電鉄の一区間の距離は長い。
軽快に電車は海岸沿いを走る。車内は通太とつくえだけ。二人は口をつぐんだまま、電車にゆられていた。そのゆれは、通太の急く気持ちを段々和らげる。つくえは、とうの昔にそんな気持ちどこかにいっている。
約四十分電車に乗っていた。
終着駅に着いた二人は、喧騒によって、現実に戻された。
「電話します」
通太は、笹山露子に電話した。
「露子さん? 僕たち今、星川にいるんです」
通太はこちらの状況を説明した。
笹山露子は驚いたようだ。なぜ通太たちが移動しているのか?
だが理由を聞いて納得したようだ。露子と通太は、とりあえずの待ち合わせ場所を決めた。
「どうだった?」
つくえが聞く。
「とりあえず、まだ進みましょう。この駅から電車を乗り換えて駒野という駅で露子さんと待ち合わせすることになっていますが、時間に余裕があればもっと進みたいと思います ――それより、つくえさん、大丈夫ですか?」
通太が心配するのも無理ない。一波綾乃との兼ね合いが上手くいっていないのか、つくえは一人での歩行も儘ならないようになってきている。通太が手助けしようとすると「大丈夫だ」と言って、一人歩くのだが、それも時間の問題のようだ。
改札を出た二人は、電車を乗り換える為に、次乗車する私鉄を目指した。
この辺の地理は、通太も何度か来ているので迷わない。
だが二人の歩行速度は格段に落ちていた。
「タクシー……。そうだタクシーだ。タクシーで行きましょうつくえさん」
「タクシ? なんだタクシとは」
「車です。そうだそうしよう」
「おまえにまかせる」
二人は駅前ロータリーに身を移した。
もうこの時、つくえは通太の介助がなければとても歩ける状態でなかった。
通太は、常時なら一波の体と密着するのに抵抗があったろうが今はそんなこと言ってられないし、余裕もなかった。
「あそこがタクシー乗り場です。頑張って下さいつくえさん」
平日の炎天下の中、高校生二人が、一方の肩をかり歩く姿は、周囲の人の目を引いた。
奇異の目に晒されながら二人は、ようやくタクシー乗り場まで辿り着いた。
「駒野の駅までお願いします」
通太は運転手に行先を告げた。
つくえは座席にもたれ、天井を仰いだ姿勢になっている。
「どうしたの? 大丈夫かいそのコ」
つくえの荒い息づかいに気がついた運転手が、心配して声をかけてくれる。
「ええ」
通太はそう言うしかなかった。
もはやここにきてつくえは限界にきているようだった。
言葉はない。
通太も声をかけない。
タクシーは駒野の駅ロータリーに到着した。
所要時間は二十分だった。
通太がまず降りて、つくえに手を添え、彼を下車させた。
この駅も、星川同様繁華で、ロータリーに人が渦巻いている。
つくえを見れば意識は確実に混濁していて、自分の力で駅構内に行くのは不可能に見えた。
近くに、バス乗り場のベンチがあったので、そこでとりあえず腰を落ち着ける。
「ばれかわ……ばれかわつうた。ささやまろごは来たか?」
「まだです。連絡してみます」
通太はつくえのようすを見守りながら電話を掛けた。
だがコール音は鳴らず、すぐに音声ガイダンスで笹山露子の携帯が電波の届かない所にあると通知してきた。
「くっ」
悔しげに憎々しげに携帯を切り、もう一度掛け直す。
だが結果は同じ。
時刻は午前十一時前。
通太としては、まだ距離を稼ぎたかった。
しかしつくえのこの状態を考えたら、もうそれはできそうにない。
通太の脳裏には最悪の結果がよぎる。
もう露子さんの顔は見れないかも……。なら声だけでもと通太は携帯を何度も掛け直す。
けれども抑揚のないガイダンスが流れるだけだ。
通太は、携帯は嫌いだと思った。
「まりかわつうた」
「……」
「まりかわずうた」
「はい。はい」
「もうだみだ」
「えっ」
「おれはきえぶ」
つくえは、渾身の力を振り絞り背もたれから上体を起こした。
「せめてい、もう一度、ささばやろこに逢いたかったが、それももうままならだいようだ」
「なにをそんな弱気なことを。今に……今に露子さんが……」
「こない」
「ふんぐ!」
通太から嗚咽が漏れた。そうなるともう涙が止まらない。
彼らの前を通り過ぎる人は、彼らを一見して、顔を曇らせ歩いて行く。
「ばれかわ……」
「は、はい」
「もっとおまえや、ささやばろこと喋りたかった。――はぁ。ささやばろこにありがとうといってぼいてくれ。おれをこの世に出してくれてありがとうと」
「つくえさん、きっと元の机に戻れますよ、帰れますよ。僕あなたが一波さんの体からいなくなっても、教室に戻って確認しに行きますから」
「ふっ」
つくえが笑った。
「わかった」
「はい」
「ぬうう」
つくえが目を見開いた。眼球が血走る。
「ずうたぁ!」
「はい!」
「最後に言っておぐ。一波綾乃はなぁ、おばえに……」
「はい?」
「おばえに、好意を持っている」
「コウイ?」
「すき、ということだ」
「え?」
「ううううう、うぅ、むむ、むぅ、ううううう、あでぃがとう稀川通太。楽しかったぁ。あああああああああああああ、あひぃむー!」
つくえは一度跳ねるように立ち上がると、そのまま空を見据えたまま直立状態となった。
三秒ほどその姿勢だったろうか、突然その場に膝から崩れた。
「つくえさん!」
通太は一波の体を抱き起す。
気を失っている。もうつくえがいないのかどうなのか通太にはわからない。
だが
「つくえさん?」
と呼びかける。
「つくえさん」
と何度も言い、揺さぶる。
「うう。うぅん」
目が開き始めた。
通太の声は大きくなる。
「つ、つくえさん!」
「ま、稀川……?」
「つくえさん!」
一波の目は完全に通太を捉えている。
「なに言ってる稀川? ……。わたしは……わたしよ」
「この喋り方は……」
「何よ?」
「一波さんだ。――一波さん?」
「ちょっと!」
一波綾乃は、頬を赤らめ、肩に置かれた通太の手を振りほどき、フルスイングのビンタを通太に炸裂させた。
通太の顔は、唾やら汗やら涙やらを散らしながら、吹っ飛んだ。
「ごめん、思わず手が……」
彼女の手のひらはびしょびしょに濡れている。




