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シンクロナイズド  作者: 響野旬悟
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20

 通太は一年五組の教室に入っても、クラス全員から投げかけられている視線には気がつかず自分の席に座った。

 ここ数日の通太の言動に、クラスの殆どが注目していたが、今回のクラスの通太への視線の性質は、ずばり、昨日の坂の下での抱きつき事件に基づいてのことだ。

 このクラスにも、藤子のクラスと同様、通太と一波綾乃が抱きついていたという目撃情報が広まっていた。もっとも昨日の放課後、このクラスの誰ひとりとして実際に二人が抱き合っていたということを直に見た者はなく、クラス外からのメールや、他のクラスの友達から通学途中に聞かされての情報だった。


 ――一波綾乃が、おまえのクラスの目立たないモヤシと抱き合ってたってクラスのやつが何人も言ってんだけど、二人ってデキてんの? ――

「なんじゃこりゃ?」

 通太と同じクラスの男子生徒が、教室でメールを受け取ったのは、ちょうど一波綾乃の外見をしたつくえが、正門で注目されていた時だった。

「目立たないモヤシ?」

 男子生徒は首を傾げ机に携帯を置き、もう一度首を傾げた。

「どうした?」

 その様子を見て、登校してきた別の友達が寄ってきた。

「え? ああ、これな」

 とその友達に携帯の文面を見せた。

「一波と目立たないモヤシが抱き合ってたぁ?」

 別の友達はそう言いながら内容を確認した。

「なぁ、変なメールやろ? 意味不明」

「おい、でもモヤシってまさか……」

「あっ」

「猫背もやしの……」

「――稀川?」

 二人の男子学生は、顔を見合わせ、キョトンとしたが、

「ははははははー」

 と大笑いした。

「ありえへんありえへん」

 二人は、手のひらを顔の前でフリフリして爆笑した。

 この大笑いに、幾人かの生徒が近寄ってきた。

「どうしたん?」

 一人の女子生徒が尋ねた。

「いやな、こいつの友達からのあほなメールに、ちょっと笑けてもうて」

 男子生徒に携帯電話の画面を差し出された女子生徒は文面を見た。

「――これって……」

「ん?」

 女子生徒の何か知った風な感じに二人の男子学生は目を見張った。

「どうした?」

「いやね、私も今日登校してくる時友達に、『昨日、綾乃ちゃんとあんたのクラスの男子生徒が高校出た坂の下のとこで抱き合ってたよ』って言われたの。私が男子生徒って誰て聞いたら――『ほら。ひょろ長い折れそうな木みたいなコよ』って言われた」

「折れそうな木って……」

「私は、稀川と思った」

「まっさっかぁ」

 そこに集まった生徒たちが互いの顔を見交わしている間、一年五組の戸口には、人だかりが出来ていた。

 坂の下の抱き合い事件の噂を聞きつけた他のクラス、他の学年の生徒が、噂の通太を一目見ようと殺到してきたのだ。

 そのようないきさつもあり、クラスの内外問わずの誰もが、通太を興味津々に見守っていた。

 当の通太は、そんな風に自分が見られているなんて気がつかず、ただただ、俯き加減で一波綾乃の中にいるつくえのことを心配していた。

(あんな化粧するなんて尋常じゃない……)

 通太はひたすらつくえのことを考えていた。

 彼の言う通り、一波綾乃が目覚めるのかもしれない。それに伴いつくえは自分が消えそうな気がすると言っていた。どうもこればかりは、本人じゃないとわからない感覚なので、通太としては想像するしかないのだが、彼の表現の仕方などを吟味して考えるのなら、今のつくえの心情は、不安と恐怖で埋め尽くされているのだろう。

(もうこの机にはつくえさん、戻ってこられないのか?)

 そうなると通太も心穏やかではない。通太としてもまだまだつくえとはいっぱい喋りたいのだ。なぜだか彼とは自然に会話ができる。それは、つくえが一波綾乃の中に入ってからも変わらない。突飛な出逢いがそうさせたのかもしれない。机が喋るなんて、超常現象そのもので、普通ならそんな机に近寄りたくもないが、初めは恐怖におののき仰天していた通太も、すぐに克服し、つくえと慣れ親しむことができた。

 友達という関係では決してないが、つくえは、通太がこの地球上で気心許せる唯一の存在になりつつあった。そのつくえが、断定的ではないが、この世から消えるかもしれない。

(そんなのイヤだ)

 と通太が心の中で思った時、教室の戸が開いた。

 目を見開き通太は、一波の外観をしたつくえが入室してきたんだと、期待をわかせた。

 が、戸を開けたのは、一年五組の担任の先生だった。

 先生は一歩だけ教室に入り、廊下の方に顔だけ残すと

「おい何してる、早く教室入らないと遅刻扱いにするぞぉ」

 と言ってから教卓に進んだ。

 すると、開け放たれたままの出入り口に、さっき正門で通太を取り囲んでいた女子生徒数人が現れ教室内に散らばり、最後に近藤加奈に支えられた一波綾乃が現れた。

 いや、一波綾乃であろう人物が現れたと言っていいぐらい、普段の彼女の容姿とは、うって変わっていた。

 さきほど周囲を驚かせた化粧は落ちていて、すっぴんの彼女がそこにいた。

 誰もが目を見張った。

 いつも彼女は薄い化粧を顔にほどこしているが、今日はそれがない。

 ただでさえ大きい目なのに、ふちに薄いアイシャドーをつけ、さらに大きくなった目からは、きつさが醸し出されていたが、それが無い今の彼女からは、可愛さが全面に押し出されていた。

 その一波綾乃を見て、教室中の生徒が声に出さず感嘆していた。

 通太も口をあんぐり開けてみとれていた。

「早く席につけ」

 先生はそう言うと、出席をとり始めた。

 一波は、近藤加奈に席まで伴われ、ゆっくりと椅子に座った。

「全員教室にいるな。今日は特に連絡事項はない。じゃ、一時限目も授業の準備をして静かに待機しておけよ」

 先生は、教室から出ていった。

 通太はつくえが気になって仕方がない。顔だけ少し後ろさげ、つくえの状態を確かめようとしたちょうどその時、一時限目の英語の先生が入室してきた。

 日直の号令がかかり授業が始まった。通太は授業どころではなく、つくえを心配していた。彼は一波と同じ横並びに座っているので、様子を確認しようとすれば、顔をあからさまにそちらの方に向けなければならない。

 そこで彼は考え、適当に開いた教科書を立て、ページとページの間に頭を隠し、一波の様子を必死に確めようとした。

 だがすぐ隣にいる生徒が邪魔で、一波の表情は確認しづらかったので、少し机を前にずらした。

 だが前にいる生徒の背中に教科書が当たり、不審に思った生徒が、肩越しに通太を睨む。

「ごめん……」

 通太は小さい声で謝った。だが、まだもぞもぞとしながら何とか一波の表情を見ようと、努力するのだった。

 そんな通太を後ろから眺める盛奥は、笑うのを必死にこらえていた。通太のもがく動きが彼の笑いのツボにはまりそうで、ここで声を出して笑うのは、低レベル稀川に屈したようになると自分を諫めていた。だが笑いというものは拒否すればするほど腹に笑力が溜まって、爆発しそうになる。

「ふん、くくく……」

 もう限界と、盛奥が噴きだしそうになった時、通太の動きが止まった。

 盛奥はどうした、ここまできたら最後まで笑わせろと、さっきとは裏腹な心情で伏せる通太の横顔を覗き込んだ。

 通太は、どこを見ているのか、何気に盛奥は視線の先をたどった。

 そこには、さっきすっぴんで教室に入ってきた一波綾乃がいた。

 が、一目見て尋常でないことがわかった。

 こまかく震えている。全身が……。

「ああ……」

 盛奥は、思わず声を出した。

 一波綾乃周辺にいる生徒も彼女の異変に気が付き始めている。

「ちょ、大丈夫?」

 一波綾乃の後ろに座る女子が声をかけた。

「一波さん?」

 後ろの生徒が一波の背中に触れようとした時だった。

「ああぁぁぁぁぁぁぁ――」

 突然一波綾乃の喉奥から、咆哮の絶叫がこだました。

 それと同時に跳ねるように立ち上がり、机をバンバンと叩くと、ギロっと横をむいた。

「つ、つつ、つくえさん……」

 通太もつられてか、立ち上がった。

 一波の目は確実に通太を捉えている。

 と、彼女の片足は、椅子に乗りかかり、突然、獣のような跳躍で通太との間にある三席を越え、彼の目の前で着地した。

 そして、稀川通太の首を絞めるように掴むと、

「稀川通太ぁ! 時間が無いぃぃ」

 と歯を食いしばった。

「つくえさん!」

 通太はつくえの名を呼ぶので一杯であった。

「稀川……もうだめだ、一波綾乃が出現するぅ、俺が渾身の力で一波を封じるにしても今日一日は無理だ。うう、頼む、頼む……一回、あと一度だけ、笹山露子の顔を見させてくれ、逢わせてくれ、頼む、稀川通うう太ぁ」

 一波綾乃の体が急に重たくなった。つくえの意識が混濁したのかどうか通太には、よくわからなかったが、しっかり支え、とりあえず自分の椅子に座らせた。

「どうしたんだ?」

 英語の先生が、駆け寄ってきた。

「稀川、今一波は何を叫んでいたんだ? よくわからなかったが」

 それは、他の生徒も一緒だった。一波綾乃が何を喚きちらしていたのか、理解できなかった。

 通太は先生の問いかけに反応せず、一波の顔を凝視している。

「稀川、説明しろ、一体――」

 先生を振りのけ通太は教室を抜け出した。

 鼻の穴を大きく広げ、熱気を放つ機関車の様に、廊下を走り、階段を下りて、目指す場所へ辿り着いた。

 そこは、三年六組。笹山露子の在籍する教室。

 通太は躊躇せずガラガラと戸を開け放つと、数日前一瞥ぐらいしかしていない女子生徒のもとへ迷いなく歩み寄った。

「なんじゃこいつ?」

 と、その女子生徒の隣に座る、男子生徒が言った。

「おいおいこら、なんだね君は?」

 今授業を執り行っていた先生が、目玉を丸くして通太に近寄ってきた。

「すみません、あなた、笹山露子さんのお友達ですよね?」

 周囲を気にすることなく、通太は静かに、だが、力強く声を出した。彼が声をかけている相手は、一昨日、通太が笹山露子を確認するためにこの教室を訪れた時、通太と露子の関係を勘ぐり、茶化した生徒――多納宏美だった。

「そうよ。ええと君は確か……」

 多納宏美は、通太の得体のしれない迫力に多少面食らったが冷静に対応した。

「稀川通太といいます。突然ですが、笹山露子さんの携帯の番号を教えてくれませんか?」

「へえ?」

 多納宏美は、呆気にとられた。

「な、何を?」

「笹山さんの携帯番号です、教えてください! お願いします」

 通太は深々と頭を下げた。

 だがその懇願は教師によって妨げられる。

「いい加減にしないか! 突然教室に入ってきて授業を妨害して。どこのクラスのもんだ君は?」

「一年五組の稀川通太と言います。お叱りはあとで受けるので」

 と言うと通太は、先生から再び多納宏美に目線を戻した。

「お願いします、笹山さんの番号教えてください!」

 三度目の正直が通じたのか、多納宏美は、机から携帯電話を取り出し、それから携帯の画面を見つつノートの端っこに数字を綴るとその部分を斜めに破り、通太に渡した。

「これが?」

「そう。露子の番号よ。なんで教えて欲しいか理由は気になるけど、あんたの必死さになんか心動かされた。早く行きな。マジで先生に怒られるよ」

「ありがとうございます!」

 通太は、満水になったししおどしの動きで多納宏美に礼をすると、戸口に向かって駆けだした。

「おい君!」

 先生の呼び止めた声は、虚しく教室にこだました。


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