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シンクロナイズド  作者: 響野旬悟
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18/38

18

 次の日の朝、通太は学校に行くべくいつもの通学路を歩いていた。

 昨日の晩ごはんの時は、家に来た女子高生について母親から執拗な追及があったが、いいようにはぐらかし、今朝になってもしつこく聞いてくるので、さっき逃げるように家を出てきた。

 しばらく歩くと、昨日の放課後、盛奥が土下座をし、その盛奥が先輩環川とやり合い、その環川につくえが飛び蹴りをした現場の橋が見えてきた。

 通太は橋の中ぐらいまで進むと、後ろを振り向いた。

(つくえさん、もう学校に行ってるかな?)

 やはり考えることは、つくえのことだ。

 強気のつくえが、昨日は元気なく自分の部屋を去って行った。あのあと、つくえからは何の連絡もなかった。ということは、何事も無く今日を迎えたのだろうと通太なりに考えはしたが、やはり心配だ。

 口を真一文字に結んで歩きだした通太は、そのまま橋を越え、重い足取りのまま、昨日つくえに抱きつかれた現場、つまりは坂の下のT字路まで辿り着いた。通太はその場で佇み、昨日有頂天だったつくえのことを思い出していた。またあの時みたいに元気なつくえさんを見たいなぁと、感慨にひたっていた時、彼に走り寄る者――近藤加奈を筆頭に数人が、駅方面から現れた。彼女たちは、昨日なんで一波をさらうように教室から連れ出したのか、今日稀川を問い詰めようと思案しながら登校してきたのだが、その目の前に尋問の対象の通太が現れたから、自然と彼に駆け寄ったのだ。

 バタバタという足音に驚いた通太は、自分に近寄る少女たちを確認した。

 女子生徒らは、全員目が据わっていた。中でも近藤加奈は別格に据わっていた。

 通太は彼女たちの要件が何なのかわかっている。

「答えてもらうわよ」

 通太に近寄った近藤加奈はいきなり鋭くそう言うと、通太にさらに詰め寄った。

「えぇ? なにが?」

 通太は、はぐらかし、彼女たちをおいて歩きだした。

「稀川!」

 もちろん近藤加奈たちは、通太を追う。

 通太は坂を走り出した。

 登校中の生徒のあいだを駆け抜け、坂を登り切った通太は、息つく暇もなく、正門を走り抜けようとした。だが正門前で通太の足はビタリと止まる。そこには昨日橋の上で遭遇した、丸坊主の巨漢がいたからだ。彼は正門の端にポケットに手を突っ込んで佇んでおり、登校してくる生徒一人ひとりの顔をくまなく確認しているようだった。

「もうだめだ」

 昨日の復讐のため、自分を含めた、盛奥、一波綾乃を待ち伏せしているんだと悟った通太の心境は、前門の虎、後門の狼だった。

 恐怖で立ち尽くす通太の後ろから、狼である近藤加奈率いる数人が、必死の形相で彼を追いかけてきた。

「逃げるな稀川!」

 彼女たちは、通太の腕や肩を掴む。

「はい逃げません。逃げられません」

「やっと観念したのね。ここじゃあなんだから体育館裏にでも連れて行こうか」

 近藤加奈は他の女子生徒に提案した。

「いいわね、そうしよ」

 彼女たちは、授業に遅れるのも覚悟の上だった。なんとしてでも通太から、昨日なぜ綾乃を連れ出したのか、そして綾乃の異変の理由を聞き出そうとしていた。

「さあ行くわよ」

 近藤加奈らは、体育館裏に行くため通太をせきたてた。

 が、通太は動かない。

「ちょっと歩きなさいよ」

 近藤加奈は催促して、彼の腕を引っ張るが、通太は口元を震わせながらある一方を見つめたまま動かない。

 その目線に気付いた近藤加奈は、そちらに顔をむけた。

「!」

 近藤加奈は、驚きのため声が出なかった。

 丸坊主の巨漢が、なんと自分たちの方に歩み寄ってくるではないか。

「ま、稀川、あれ知り合い?」

 近藤加奈は巨漢に目をむけたまま通太に聞いた。

「あ、ある意味……知り合いかも……」

 通太は顔を強張らせる。通太と近藤加奈の後ろに控える女子生徒たちも、確実に自分たちの方に近寄って来ている巨漢を不安そうに見つめる。

 その巨漢が彼らの前に来た。

 巨漢は、通太に顔を近づけると、

「お嬢は?」

 と尋ねてきた。

(オジョウ?)

 すぐに言葉の意味が理解できなかった通太は返答できない。いや、意味がわかっていたとしても、恐怖のため声は出ていなかっただろう。

 通太は引きつった表情のまま巨漢をただ見るしかなかった。

「ええと、一波藤子の妹さんだのって言ってたか。昨日おまえと一緒にいた人だよ。今朝は一緒じゃないのか?」

 巨漢堂地は、外見からは想像できないくらい、声が高く、可愛らしい声色の持ち主だ。

 しかし先ほどと同様、通太は、そんなことを感じ取っている余裕はない。ただ声はなんとか出せた。

「あ、あ、綾乃さん……一波綾乃さん、ですか?」

「そうだ。綾乃嬢だ。この中には……いないか」

 巨漢堂地は、通太の周囲を取り巻く女子生徒たちを見渡しながら通太にきいた。自分でも一波綾乃がいるか確認しているようだ。

「一緒ではないです、はい」

 通太は直立不動の状態で返事した。

「そうか」

 巨漢堂地は、一言そういうと、通太から目を離し、その場から離れようと彼に背を向けた。

「あ、あの!」

 通太は声を出した自分に驚いた。巨漢は自らこの場を離れて行こうとしている。窮地が去ろうとしているのに、なぜ自分から声をかけた? しかし聞かずにはいられなかった。

「一波さんに、な、何か用ですか?」

 と。

 通太を取り巻く女子生徒たち全員が、

(この、バカ!)

 と内心舌打ちしていた。

 巨漢堂地は、再び通太たちの方に向き直った。

女子生徒たちは、通太への睨みから、咄嗟に不自然な笑みを堂地に向け、通太は、気をつけの姿勢で堂地の顔を見上げる。

「あの、なにか、その……一波さんにことづけがあれば、僕から言っておきましょうか?」

 通太は恐る恐る堂地に尋ねる。

 堂地は、うっすら笑みを浮かべると

「いや、いい。自分で言う」

 と言った。

「でも――」

 と通太がしつこく堂地に喰い下がろうとするので、たまりかねた近藤加奈は、彼の腕を捕り、通太を引きさがらせようとした。だが通太は、近藤加奈の手を強引に振りほどくと、

「昨日のことなら僕がかわりに謝ります! 許して下さい!」

 と、地面にしゃがみこんだ。

 正門を通る登校中の生徒たちは、華奢な男子生徒が巨漢の男子生徒にしゃがみ込むという光景を、激視した。

「お、おい!」

 堂地は通太の突然の土下座に慌てた。

「顔を上げろ! これじゃあ俺がおまえをなんか脅しているみたいじゃないか!」

 堂地は、周りの目を気にしてか、すぐさま通太の両脇に手をやると、すくい上げるように彼を無理矢理立たせた。

「うへぇ! おめえ、脇ビショビショじゃねえか!」

 堂地は通太の脇の汗がついた両手を振りながら叫んだ。

「ああ、てゆうかそんなことはどうでもいい。はぁ、焦らすなよ。あのな、おれは別に一波綾乃さんをどうのこうのしようって思ってもいねぇ。昨日のことは、なんとも思っていねえよ」

「じゃあ……」

「子分にしてもらおうと思ってよ」

「子分?」

 堂地の前にいる全員がキョトンとした顔になった。

「そうだよ。昨日お嬢から蹴りもらったろ。あんな蹴り見たことも、喰らったこともねえ。俺は感動したんだよ。心を打ち抜かれてしまったんだよ。俺はあの蹴りで、あの人に忠誠を誓うことにしたんだ」

「はあ……」

 通太は、なんだか、急速に力が抜けていくのを実感した。巨漢が一波綾乃や自分に敵意がないとわかったからだ。

 それにしても、と通太は思う。

 ここにいる巨漢や、盛奥を魅了する、つくえの蹴りって何なんだろうと。

 そんなことを考えている通太の頭上越しに、堂地は、次なる知った顔を捉えた。

 盛奥が、学校に登校してきたのだ。

 盛奥も巨漢の堂地を確認した。と、それと同時に、彼の表情は険しくなり、肩をいからせながら一直線に堂地の方に向かってきた。

 通太は背中で荒々しい靴音を感じ、顔をそちらに向けた。

「あ、盛奥くん」

 と通太が声を出した時には、盛奥は、通太の目の前にいた。

「朝から正門で待ち伏せか? 堂地先輩」

 盛奥は、通太ならびに、近藤加奈と数人の女子学生には目もくれず、鋭い目つきで堂地に詰め寄った。

「盛奥……。おめぇにも用はねえよ」

 堂地のこの発言で、通太は、巨漢は盛奥にも私怨はないものと判断し、

「あの盛奥くん!」

 と二人に割って入った。

「なんだおまえ、いたんか?」

 と、昨日、橋の上で、同じことを言われた通太であったが、気にせず話を続けた。

「この方も、つく――いや、一波さんの蹴りに感動して、子分にして欲しいということで、ここで彼女が来るのを待っていたんです。だから盛奥くんをどうのこうのしようとかは、まったくないです。――で、ですよね?」

 通太は、恐る恐る、堂地に確認の視線を送る。

「うん。まぁ、そんなとこだ。それにしても今おまえ、『も』って言わなかったか? この方『も』って言ったぞ。誰か他に、お嬢に蹴りをもらったやつがいるのか?」

「あっ! あは? も? 『も』って言いました? 言ったかな?」

 通太は、チラっと盛奥を見る。

 盛奥は、口を歪ませ通太を睨み返す。

「とにかく、おめぇらに用はねぇ。行けよ」

 堂地は、ハエでも追っ払うような手振りをして、通太たちをその場から去るよう指示した。

 盛奥は複雑な表情を浮かべ、教室に向かおうとし、近藤加奈たちは、通太に一波のことの白状をさせるべく、彼をこづいて、先に行かせようとして、彼らが各々動き始めた時だった。

 正門前の坂道から、大きなどよめきが起こった。

 通太らは、そちらに目を向けた。

「あ!」「えっ!」「う!」

 通太はじめ、正門を去ろうとしていた全員が同時に様々な声を上げた。堂地もその声に反応して、無意識に坂の方を見た。

 その坂の地平線から、まさに太陽が昇るが如く、女子生徒と思われる顔が徐々に現れた。

 通太ら全員は、それが誰かわからなかった。

 化粧の衝撃。

 坂から昇りつつある顔にほどこされた化粧はそう言えるだろう。

 けばいを通り越して、歌舞伎の隈取と言ってもいいぐらいの色が、顔に塗りたくられている。

 大まかに説明すると、白色が顔面の七割を支配し、口元に深紅のルージュが塗られ、目の周りは黒。

 大まかに説明、と記したが、化粧自体が大まかにほどこされている。

 パンダ星人と表現してもいい女子生徒は、通太たちのいる場所から全身が見えるぐらいのところで立ち止った。

「あれ……まさか……」

 近藤加奈が凍りつくような顔をして言った。

「あー!」

 通太もなにかに気が付き、叫び声を上げた。彼は、パンダ少女に近寄ろうと上半身を少し前のめりにした。

 が、近藤加奈に突き飛ばされ、転倒。

 近藤加奈は通太などに目もくれず、パンダ少女の元に駆け寄った。他の女子生徒たちもそれにならう。

 近藤加奈はパンダ少女の少し前で走るのをやめ、擦り寄るように彼女に近づいた。

 他の女子生徒たちも彼女のそれに従いパンダ少女を取り囲むように位置した。

「綾乃?」

 近藤加奈は目の前のパンダ少女に静かに尋ねた。

「おはよう」

 パンダ少女は素っ気なく答えた。

「綾乃!」

 彼女を取り巻いている女子生徒全員が声を合わせて絶叫した。

 正真正銘パンダ少女が出した声色は、一波綾乃のものだった。

 そして辛うじて一波綾乃とわかる化粧顔の彼女を全員がマジマジと見、一同を代表して、近藤加奈が、

「あんたなんて顔してるの!」

 と叫んだ。

 正門は、今や登校中の生徒に埋め尽くされつつあった。

 異様な化粧をした女子高生。それを囲む、近藤加奈たち。そして、パンダ少女こと一波綾乃の化粧ぷっりを驚きと笑みで見る生徒。幾重にもできた人だかりで、正門での生徒の流れは滞った。だがもう少ししたら、予鈴の鳴る時間だ。時計を気にしながら眼前の光景を観察している生徒も見られる。

「おいで!」

 近藤加奈は、一波綾乃の手をとり、学校の中へといざなう。

 一波の体が、なされるがまま近藤加奈に持って行かれ、通太の前を通り過ぎようとした間際、

「稀川通太……」

 と一波綾乃の口からか細い声が発せられた。

「あぁ……」

 通太は言葉にならない声を出しただけで、近藤加奈に引っ張られる一波綾乃の体を見送った。

 近藤加奈らのあとには、バタバタと女友達が同じように続いた。

「まだつくえさんは一波さんの中にいる……」

 やはり一波綾乃の意思の出現が関係しているのか、と通太は思いつつ立ち上がった。異変はやっぱり起きている。じゃなきゃ、つくえが一波の顔にあんな化粧するわけがない。一波綾乃の経験や知識は共有できるとつくえは言っていた。正常ならそれを使って、化粧もいつもの一波綾乃と同じようにできるはず。

 と通太がひとり色々考えている間に、正門の人だかりは、学校の中へ吸い込まれるように消えていく。

 盛奥と堂地も人だかりの流れに乗ってか、いつの間にかその場からいなくなっていた。

 もはや正門付近にいるのは、通太のみ。

 ちらほらと、遅刻を免れるため、必死の形相で坂から門へと突撃していく生徒もいるが、   通太は、一人、その場を動かずにいる。

「……」

 彼は、眉毛を八の字して、校舎を見ている。校舎は、通太の前で曇っている空を背景に魔城のようにそびえている。

「いけない」

 通太はそう呟くと足を動かし始めた。

 もう、あと五、六分で予鈴が鳴る。

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