表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
シンクロナイズド  作者: 響野旬悟
PR
17/38

17

 「――なぁ? はははははぁー」

 通太は、狂喜して喋るつくえを冷めた目で見ている。

 場所は通太の部屋の中。無事母親に見つからずにつくえを自分の部屋に通した通太は、大きな声、または音を出さないようにと、彼(?)と約束したのに、あっさり破られてしまう。

 もう開口一番からの大声。通太が、顔をしわくちゃにしながら身振り手振りで注意してもお構いなしのつくえ。

 今は開き直った心情で、わめくつくえを見ている。

 とそこへ、通太としては予想していた出来事――母親がノックしたのち、お茶とお菓子を持って、部屋に入ってきた。つくえ……いや、女の子の声が聞こえた母親が、部屋にやってくることは、彼にとって明白なことであった。

 通太が実感したところでは、母親は白々しい笑みを浮かべていた。

「お友達がいらしてたの? それならそうと言ってくれればいいのに」

 通太の母親は、床にお盆を置くと、その場に正座しかけた。

「ちょっと、なにしてんの!」

 母親の行動に驚いた通太は、無理矢理立たせると、部屋から追い出しにかかった。

「いいじゃないの。ねぇ、お名前は――」

 ドアの閉まる音とともに、母親の声、姿はかき消された。

「どうした稀川通太? 血相を変えて」

 通太は、長い溜息をついた。彼は、周りに振り回されてもうへとへとだ。一刻も早くベットにうずまりたかった。

 だがある一考が脳裏に甦り、彼に活気を与えた。

「そうだ、つくえさん! さっき言ってた時間が無いってどういうことですか? 教えてくださいよ」

「うん?」

 つくえが一波の表情筋をかりて出した表情に、通太は笑いかけた。

 顎を少し突き出し、鼻の穴を大きくして、口は真一文字に結んでいるその顔は、中身がつくえだからこそできるのであって、正真正銘の一波綾乃だったら絶対にしないだろうと通太は思った。

 笑みをなんとか隠し、通太は同じことを聞いた。

「ああ、えぇと、そんなこと言ったかな?」

 つくえは、露骨にはぐらかした。

「言いましたよ。笹山さんと出逢えた喜びといっしょに、そのことについても語るって絶対言ってましたよ」

「……」

 つくえは、ついに黙ってしまった。今まであれほど喋っていたつくえが黙る。それぐらい時間がないという発言に隠された意味は大きいと通太は推察した。

「どうしたんですか、つくえさん? 言って下さい」

「なにもない。もう帰る」

 つくえは、スクリと立ち上がると、部屋を出ようとした。

「つくえさん、待って下さいよ!」

 通太の呼び止めを無視し、つくえは部屋を出るべくドアを引いた。

 と同時に、勢いよく通太の母親が室内に前のめりになってなだれ込んできた。

 通太は開いた口が塞がらない。

「ふ、ふふ」

 通太の母親は、ぎこちなく少し笑うと、あとはなにも言わず照れ笑いを浮かべながらそそくさと部屋を出て行った。

「ほんとにもう。立ち聞きしてたんだ。油断も隙もない――――ん? つくえさん?」

 通太は、すぐ横にいるつくえを不思議そうに見つめた。つくえはノブに手を置いたまま固まった状態で、ドアの一点をひたすら凝視していてた。

「つくえさん?」

 通太はつくえの肩を叩き、呼びかける。

 しかしつくえは微動だにしない。

「つくえさん? どうしたんですか、つくえさん?」

 通太は、つくえの肩を揺さぶる。

 それでもつくえは、一点を見つめたまま声を無視し続ける。

つくえのその様子を見て、通太はある場面を思い出した。

「これはあの時の……、そうだ! ささやまさんの教室に二人で押しかけようとした時だ。あの時もつくえさん、こんな状態で階段に突っ立ていた」

 通太は、つくえを見つめながら独りごとをいい、その独りごとを自分で確認しつつ、状況を思い出ていた。

「あ、ああ……」

 つくえは、言葉にならない音を喉から漏らした。

「つくえさん! つくえさん!」

 通太はよりいっそうつくえの肩を揺らした。

 揺さぶりに反応したのか、瞼がパチパチ動き、次に眼球が左右にゆっくり動いて、通太を捉えたようだった。

「稀川通太」

「つくえさん! 大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫だ」

 通太は胸を撫で下ろした。だが、なぜつくえがこのような状態になったのか、原因がまったくわからない。

「一体どうしたっていうんですか? 僕、びっくりしましたよ」

「ふう」

 つくえは、一息つき、そしてすぐにこう言った。

「これが時間がないという答えだ」

「えっ?」

 つくえは、開いているドアを閉めると、通太のベッドに近づき、そこへドスンと腰を下ろした。

 通太は黙ったままつくえの様子を見つめている。

「一波綾乃が表面化してきている」

 つくえはそう呟くと、通太の顔を見た。

「表面化?」

「そうだ。顕在化とも言う。つまりは彼女が彼女に戻りつつあるのだ」

 通太は思い返していた。一波綾乃の意思というか魂は、今は眠っている状態で彼女の体に存在していると、つくえから説明を受けたことを。

「じゃあ一波さん、もう少ししたら目覚めるんですね」

「そうだろう」

 通太は、つくえの答えを聞いて顔がほころんだ。

「よかった! いいじゃないですか。二重でいいことですよ。一波さんは、自分に戻れて、つくえさんは、一波さんの体から解放される。これでつくえさんはいつでもささやまさんのところへ行けるし、最高ですよ!」

 喜ぶ通太の前で、つくえは俯き、そしてなぜか表情が暗い。そのことに気付いた通太は、

「どうしたんですか?」

 と尋ねた。

 つくえは自分の足元を見る姿勢で自分の感じたことを喋り出した。

「この現象――一波が目覚めるような感覚は、彼女と融合した時からすぐにあった。俺も早く彼女が気がつけばいいと願っていた。だが、彼女が覚醒するため蠢き始めると、なんだか、俺の感覚が押しつぶされそうになるのだ。一波の体から出ていくというより、俺が消えるという感覚なのだ」

 通太は沈痛に語るつくえの様子を見て、はっとした。

 汗が頬をつたって落ちている。今日、初夏とはいえ、もう夏まっただ中じゃあないのかという気温で、走ろうが何しようが汗一つかくことなかったつくえが、それを一筋流しているのだ。部屋にはクーラーがかかっている。もう部屋は涼しいはずなのに、つくえから汗。通太はこの汗を冷や汗ととった。

「稀川通太。俺は大丈夫だろうか?」

 つくえは顔を上げ、非痛な面持ちで通太を見た。

「だ、大丈夫ですよ。つくえさんも人間の体から離れるの初めてのことでしょう? だから不安になるんですよ。一波さんが気がついて、つくえさんは、晴れて自由の身。思う存分動きまわれて、僕やささやまさんに、いつでも接触できますよ」

 通太は笑顔で答えるが、そんなことなんの確証もない。だがつくえの不安を紛らわすにはそう言うしかなかった。

「本当にそうか? 仮にだ。仮に俺の存在が消えずに残ったとしても、次に誰かの体に入れる保証はどこにもない。机に戻れるかもわからない……なんらかの媒体がなければもうおまえと接触もできないだろう」

「大丈夫です! 大丈夫ですよつくえさん。そうだ、それよりささやまろこさんに逢えた喜びを喋って下さいよ。だって約二年ぶりですもんね、ほんと――」

「稀川通太。俺、一波の家に戻る」

 突然つくえはベッドから立ち上がると、ドアの方に歩き始めた。

「つくえさん!」

「また明日な」

「送りますよ!」

「一人で平気だ」

「それじゃあ、なにかあったら連絡か、この家に来て下さい!」

「わかった」

 つくえはそう言うと部屋から出て行った。

 部屋に残された通太は、つくえが出て行ったドアをしばらく見つめていた。

 そのなかでクーラーの音だけが静かに空間を漂っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ