第五話 謁見の間
#第五話 謁見の間
謁見の間から隣国の装いをした商人が荷物を抱えて出て来た。
隣国といえどオルデンブルク領は随分昔から交流もあり、装いもクロイツベルクと似通っていて、違いをあえていうならお互いの領地での流行りが反映されている位だ。
四人の兵を引き従えて謁見の間に向かう私たちを見て商人はぎょっと目を剥いて、見なかった事にしたいのか顔を背けて急ぎ足で去ってしまった。
謁見の間を仕切る大きな扉の前には槍を持った兵士が二人立っている。
兵同士はもちろん顔見知りで普段から話をしているのだろう、後ろの兵士が「アデライード様が侯爵様にお目見えだ」と言うと反論もなく扉が開いた。
謁見の間は広いホールになっていて天井からは豪華なカットが施されたシャンデリアが幾つも並び、窓際にも等間隔で花瓶が掛けられ、色とりどりの花が生けられている。
前方の一段高い所にはきらびやかに装飾された椅子に侯爵と侯爵夫人が座っている。
最初にお会いした時にはさすが侯爵家と感動していたけれど、今見てみるとそこは隣国との不正な交易と領民を苦しめる税負担とで成り立っている事が分かる。
「クロイツベルク侯爵並びに侯爵夫人、グランベル王を裏切り続けた数々の罪、今日ここでつまびらかにし断罪を受けよ!」
アデライード様の言葉は威厳に満ちて、従える兵は侯爵の身を守る立場なのに槍を構える事も出来ない。
「アデライード、どうした?」
侯爵が宥めるように口を開く。
「お父さまは私を亡き者にせんと兵を自室に向かわせた」
「それは勘違いだ。何故ワシが可愛い娘に危害を加えるような事を。我が領に仇なす者、ヴェルナー夫妻を捕らえるつもりだった」
「何の罪、ですか?」
クロイツベルク侯爵の付いた嘘が悲しくて私は静かに言った。
一つ嘘を付くとその嘘を補うために更に嘘を付く必要が出て来る。
その繰り返しで最後には全てが破綻してしまう。
最初に大きな嘘を付いてしまったので、それを補うための嘘はとても大きい。
「アデライードをたぶらかした罪だ」
「父上、私はシェリルの話を聞いていただけです。決してたぶらかされてはおりません」
「クロイツベルク侯爵、私がアデライード様に何をお話したのかご存知なのですね?何のお話をしたかお聞かせ願えますか?」
もちろん私の冒険譚やエミリーの冒険譚を即興で誑かす話に改変しながら語るなど出来るはずがない。
「ええい、賊のいう事にいちいち答える義理はない。お前たち何をしている、早く捕えよ」
クロイツベルク侯爵はそう言って兵に私たちを捕えるよう命令されるが兵達は誰一人として動かなかった。
兵とは多数で一丸となって戦うもので、少人数で責任を負うものではない。
この人数では責任が負いきれないと判断したのか、誰も動こうとしない。
多数の足音が聞こえて来る。
私としては拮抗した場面を打ち破るのは、グレイグさまであって欲しかった。
「シェリル、待たせたな!」
ルース兄さま!
「お前は誰だ?」
「ルース・ラングリス子爵です。この度はシェリルの旅の護衛に帯同をお許しいただきありがとうございます」
クロイツベルク侯爵はしまった、としかめ面をされて舌打ちをされる。
「エミリー・メルヴィル子爵です」
エミリー!
「何故使い走りが集まる?」
「私エミリーはアルドワーズ伯爵の名代として参りました」
「アルドワーズ!?」
侯爵の顔がはっきりと歪んだ。
この話はクロイツベルクとヴェルナーとの間の問題だと考えていたのに話が広がっている事に驚いたようだった。
「ダナン・ヴェルナーです。ヴェルナー伯爵の名代として参りました」
ダナン様まで!
ヴェルナー伯爵の手際の良さにはやっぱり恐れ入る。
周りをきちんと固めて外堀を埋めてから攻められるのだ。
逆に言えば、私とグレイグさまが失敗する事も想定されているのかも知れない。
ダナン様が懐から取り出した書類を広げられる。
ふと、アデライード様を見ると微笑まれる。
「アデライード様、お久しぶりです。お元気でしたか?」
こんな時に何を言い始めるのか神経が分からない。
「馬鹿者、ダナンは相変わらず人の気持ちを読めないやつだ。元気に見えるか?」
涙で目が潤んでいる。
「この大役をこなせる者はアデライード様しかおりません。さあ、お読みください」
そう言って広げた書類をアデライード様にお渡しする。
被告人、クロイツベルク侯爵並びに侯爵夫人
罪状、国家反逆の罪
右の者、廃爵の上処刑とする
ルーデル・フォン・グランベル王
自ら両親に処刑を宣告して泣かないでいられる人が世の中にどれほどいるだろうか。
アデライード様は私に抱きついて声を上げて泣き始めた。
侯爵も侯爵夫人も既に国王の知るところとなった事に諦めの表情をうかべ抵抗する素振りさえ見せずうなだれて、椅子にもたれ掛かられた。
もう少し計画が早くに進んでいれば違った展開になっていたかもしれない。
けれど、ヴェルナー伯爵にアルドワーズ伯爵まで動き、城の中の謁見の間に入り込まれているのが一手も二手も先を行かれている事を理解されているのだと思う。
しばらくの沈黙の後、クロイツベルク侯爵は椅子から起き上がりアデライード様を見ておっしゃる。
「アデライード、ワシとて領民を思う気持ちはある。あるが世の中は幾つもの理が複雑に絡み合っておる。それ故に全ての者の思いを満たす事は出来なかった。だがそれ以上にお前に罪人の娘としての立場を与えてしまった事を悔いる」
どの兵とも異なる軍服を着た兵が二十人ばかり謁見の間になだれ込み、クロイツベルク侯爵と夫人を両脇から固めて立ち上がらせる。
兵に連れて行かれる時にアデライード様を見て「すまなかった」とおっしゃった。
「お父様、お母様、愛しています」
その言葉にアデライード様も二人の兵に両脇を固められてしまった。
「お待ちください。私はダナン・ヴェルナー伯爵代理です。アデライード・クロイツベルク令嬢の身元引受人を宣言します。即刻解放してください」
ダナン様はアデライード様を取り戻すと、守るように後ろにお隠しになった。
二人が兵に連れて行かれる後を皆で付いていく。
城を出た先に貴族の犯罪者を運ぶための黒塗りの馬車が止まっている。
窓には鉄格子が交差して嵌められ、逃げられる事など出来るはずがない。
馬も長距離を走るために八頭立てで周りを更に武装した兵が馬に乗って取り囲んでいる。
「クロイツベルク侯爵、お乗りください」
ドアが開かれると侯爵が先に乗り、夫人が乗るのを手伝っていた。
それを見て私はいたたまれない気持ちになった。
夫人が乗る事を当たり前のように手伝っている姿は欲に飲まれ狂った人間には見えない。
何かがほんの少しだけずれているだけに思える。
扉がしまると「ダナン、ありがとう」と聞こえた。
クロイツベルク侯爵家はこの一連の騒動で歴史から消える事になった。
アデライード様はクロイツベルクの罪を国に訴えたとして特別恩赦が与えられた。
クロイツベルク領は大半がヴェルナーが管理する事となり、以前からの重臣はそのまま徴用し、その管理者としてダナン様がダナン・ヴェルナー伯爵クロイツベルク領主となった。
そうそう、クロイツベルクは侯爵用の別荘をヴェルナーに貸し出せるくらいには親交があり、アデライード様とグレイグさま、ダナン様は何度かお会いした事があるのだそう。
その御縁もあってダナン様はアデライード様を妻に娶られた。
不器用なダナン様だけれど不正を働く性格ではないし交易についての実務に関しては検閲所での実績があるしぴったりだと思う。
それにアデライード様は領民に慕われていて、シュガー令嬢の話が伝わったのもそのおかげだった。
政治に利用している面はあるけれど、アデライード様も領民も領主を失う痛みの中でも少しは幸せを感じられたと思う。
そしてヴェルナー伯爵は国家反逆の罪を明らかにし、侯爵の威光に屈する事なく国王の臣下としての責をまっとうした功績が認められ侯爵へ昇爵した。
アルドワーズ伯爵もヴェルナー伯爵と共に動いた事で侯爵に、そしてルース兄さまも統括子爵から伯爵となった。
そんな事は帰ってから考えればいいの。
今はそれより新婚旅行の最中だし、別荘に戻って続きです!




