第六話 領民への報告
#第六話 領民への報告
別荘にはほんの二日しかいなかったけれど、侯爵家から戻って来たらやっぱり懐かしい感じがした。
全て木製で揃えられた家具や、台所が近い所、テーブルからも外の景色が見えて、街も見える所。
別荘の周りには細い幹の木しかないけれど、葉が茂って木かげが作られて涼しい所。
井戸の代わりに山の雪解け水が一度貯められる桶があって思ったよりも冷たい事。
その水をお風呂を沸かすようの桶に貯めておく木の桶、お風呂の釜、湯を沸かす火釜、グレイグさまが割ってくれた薪。
見えないようにカーテンで仕切れるけれど、月明かりでシルエットが見えていたのを思い出す。
ああ、そうして私も見られていたのね。
クリスタがシェフ特製のスープやソースを食器棚に置いてくれ、洗濯物は籠に入れて表に出してくれれば洗うとメモがあり、グレイグさまとの二人きりの生活が始まった。
「グレイグさま、一連のお仕事お疲れさまでした」
「まさかクロイツベルク侯爵の引き渡しまで行くとは思わなかった。シェリのおかげだ」
「いいえ、グレイグさまを筆頭にダナン様もヴェルナー伯爵、いえ侯爵も、兄ルースもエミリーも、そしてアデライード様も頑張ったおかげです」
「そうだな、何もかもうまくいって良かった。所で一つだけ気になる事が。エミリー嬢からの手紙、あれは何故中身を確認もせずに兵に渡す事が出来たんだ?」
「簡単な事です。最初からアデライード様とは侯爵の企みとは無関係に楽しくやりとりしたい、とエミリーと話し合っていたのです」
「そうか」
グレイグさまはそれだけ言うとしばらく黙ったまま何かを考えている様子だったけれど、また口を開かれた。
「それがアデライード嬢の心を揺さぶり、両親を訴える気になったのかも知れん」
私はそれには答えなかった。
本人しか知りようのない事をあれこれ言っても仕方がない。
「それよりもお腹がすきましたね。今夜から本当の二人きりの生活です。早めの支度をしていただきましょうか」
「そうだな、その案には賛成だ」
二人してキッチンに並び野菜の皮を剥いていく。
グレイグさまは野営を時々しているおかげでナイフの使い方は私よりも上手。
ジャガイモはすっかり皮が剥けたしにんじんと玉ねぎも細かく切り刻み炒めた。
とにかく炒めて煮込めば何かの料理になります、シェフが言っていた。
ソーセージは三本ほどフォークで穴を開け、残りはそのまま切らずに入れる。
切ったものはスープに味を付ける用にして食べるものはそのままお入れください、とシェフのアドバイス。
そして一番の調味料は空腹、隠し味は愛情である、とも。
「シェフが用意してくれたスープもソースもあるのですが、まずは自分たちで味付けしませんか?その方が絶対においしいと思いますわ」
「ああ、大賛成だ。二人で作った方がうまいに決まっている」
そうして塩と胡椒の簡単なスープが出来た。
何品もと欲張って張り切り過ぎてはいけない。
いえ、グレイグさまと二人だけの食事だもの、今夜はパンとスープだけで充分だ。
食事の支度が一段落すると、食事の後の事が気になって来た。
さすがに綺麗な身体で寝たいし、何かあると困るし、きゃー。
「グレイグさま、食事の前に、あの」
「どうしたシェリ?」
「お風呂に入って身を清めませんか?」
顔も耳も赤くなっているのが自分でも分かるくらいに熱い。
「よし、分かった。では薪を割ろう!」
グレイグさまはそうして嬉しそうに張り切って外に出て行かれる。
私も付いて出ていき、お風呂のお湯を沸かし始めた。
グレイグさまはコツをつかまれたみたいで薪を割るのも随分と早く、お湯が沸く前にたくさん割れた。
「シェリ」
「なんですか、グレイグさま?」
「二人で、入らないか?」
「!!!」
乙女のピンチは唐突にやって来た。
殿方と二人でお風呂に入るなど、ピンチ以外のなにものでもない。
隠す事も出来ずグレイグさまに見られる、目を逸らしても視界に入って来るグレイグさま、どうしよう。
「はい」とは言えず、首を縦に振った。
着替えの肌着を取りに戻り、荷物を取り出して玄関に向かうとグレイグさまがいらっしゃった。
「遅いから迎えに来た」
頷くと抱きしめられ、私も手を回して抱きしめ返すと、顎を持ち上げられ、まだおやすみではないのにおやすみのご挨拶をされる。
グレイグさまの心臓の鼓動も、私の心臓の鼓動も同じように高鳴っている。
長い長い時間そうして玄関先に立ったまま抱き合っていた。
名残り惜しいけれど離れると、グレイグさまはにこりと微笑まれる。
「ここで、脱いで行きましょうか?」
「そうだな、それがいい」
私たちはそこで全裸になった。
グレイグさまにこんな明るい場所で全てを見られるのは恥ずかしいけれど、グレイグさまに見て欲しい、とも思う。
「綺麗だよ、シェリ」
知識として知ってはいたものの、いざ目の前に現れると驚く。
鍛えられた筋肉で所々に生まれたての赤ん坊のようにうぶ毛がある。
あ、これをさわさわっと触ると楽しいかも、そんな気持ちも、グレイグさまが私に反応した部分を見るとどうしようかと困惑する。
「ああ、シェリが可愛いからこうなるんだよ」
私からすると怖い!
裸のままお風呂に入り、向かい合わせになってまたご挨拶した。
この頃には夕焼けが街を赤く染め始めている。
「グレイグさま、綺麗ですわ」
「シェリの方が綺麗だよ」
ダメだ、グレイグさまはもう景色を見る余裕がない。
面倒だから浴槽の中でタオルでお互いの背中をこすり合い、カラスの行水のように出た。
ディナーはチーズを載せたパンとスープだけ。
本当はグレイグさまにお祝いのお酒を飲んでいただこうと思ったけれど、私も一緒になって飲むと一杯で酔ってしまい、後片付けも何も出来なくなってしまうので今夜は水になった。
グラスを合わせて乾杯をする。
「グレイグさま、伯爵の継承と侯爵への昇爵おめでとうございます」
「ありがとう。シェリと一緒になれて良かった」
「私もです、グレイグさま」
本当に塩と胡椒だけの味付けなのにおいしい。
グレイグさまはお代わりされて、お椀を受け取りキッチンに向かう。お椀によそうのも二人きりだと思うと嬉しい。
お腹いっぱいになって、しばらく休憩した後で二人して洗い物をして食器を片付ける。
今だけしか出来ない尊い時間。
ご飯を食べるとやる事がなくなってしまった。
いいえ、本当は色々とお話したい事もあるのだけれど、クリスタの言いつけを守られたグレイグさまにご褒美を差し上げなければいけない。
「グレイグさま、今日はもう寝ましょうか。今日から邪魔ものがいないのでグレイグさまのベッドに伺います」
「!!!」
その晩、グレイグさまと私は二人だけの結婚をした。神にも貴族院にも誓わず書面にも残らないけれど、私の奥底に刻み付けられた印は生涯消える事はない。
「グレイグさま、おはようございます」
私は目を覚ますと隣で寝ているグレイグさまに声を掛けた。
グレイグさまはもう誰にも遠慮がいらないという風に私を抱きしめられゆうべの続きが始まった。
まだグレイグさまに慣れていない私は優しく抱きしめられたまま頑張ってグレイグさまを見つめていた。
愛おしさがこみ上げて来るのが不思議だけれどすぐに納得した。
この愛おしさは、この人との間に愛の結晶、子供が欲しいという事なのでしょう。
それから何日も二人だけで家の中の色々をして、夜は一つの布団で結婚する、という生活が続いた。
この生活はとても離れ難いけれど、ヴェルナーに戻ればグレイグさまは侯爵として様々な方へのご挨拶が待っている。
その時は私も侯爵夫人としてグレイグさまの隣に立たないといけない。
少し不安だけれど、二人でいればどうにかなると思う。
別荘を引き払いヴェルナーのお屋敷に戻ると、懐かしい面々が迎えに出てくれた。
私の部屋はグレイグさまの隣の部屋のままだけれど、今まで壁だと思っていた所がドアになり、廊下に出なくてもグレイグさまに会えるようになった。
そして、いつか見たグレイグさまのベッドにも、私のベッドにも枕が二つになっていた。
「グレイグさま、ではヴェルナーに戻っての最初のお仕事をしましょう」
「ああ、領民が祝ってくれると嬉しいが」
高台にあるヴェルナー家の屋敷の各所にはろうそくが設置されている。
アルノー子爵の職人がはちみつを作る際に出る蜜蝋を集めて三年も掛けて作ったものだ。
普通のろうそくよりも長持ちで炎は大きく黄金色でこれに二人で炎を灯していく。
それは領民に結婚を知らせるために灯される明かりで、最後はゆっくりと尖塔に登りながら途中途中のろうそくに炎を灯していく。
領民は夜だというのに屋敷を取り囲むようにして集まり、拍手や歓声で私たちをお祝いしてくれた。
『間違いで求婚された令嬢は国王陛下に謁見する』へ続く




