第三話 クロイツベルク侯爵家(泊まる)
#第三話 クロイツベルク侯爵家(泊まる)
グレイグさまのレイが持って来た手紙はヴェルナー伯爵からのものだった。
「賊の正体が判明した。案の定隣国ガルディア王国のオルデンブルク伯爵の手の者だった。ケストナー侯爵に急かされ襲って来たらしい」
下の者は上の者に逆らえない。
尋問の際に愚痴をこぼしている様子が想像出来る。
「なるほど、侯爵同士なら国を抜けても一大勢力となり得る」
「ですが、そうするとどちらが王となるのでしょうか?」
「分からん。ケストナーは依然として残りクロイツベルクの後ろ盾になるのやも知れん」
「なるほど、それで交易で得られる莫大な利益を一人占めするつもりなのですね」
手紙には続きがあった。
「これらの裏取引の書類のありかが知りたい。城内の地図、秘密の部屋などを調べてくれ」
ヴェルナー伯爵はたやすくおっしゃる。
「よし、ではクロイツベルク侯爵家に挨拶に行くか」
「楽しみですね。では私は田舎者のお転婆令嬢で行きますのでよろしくお願いします」
「シェリ、今から楽しみだ」
グレイグさまは嬉しそうな顔をして私を抱きしめられた。
もちろん私も嬉しい。
「おほん」
クリスタ。
この中で唯一嬉しくない女性。
「お二人とも、明日からが本番ですよ。気を引き締めて、いちゃいちゃしてはダメです」
ちょっと位いいじゃない。
「ほんの少しでもダメか?」
グレイグさまは食い下がる。
「どんな事があっても絶対に帰って来るんだという気持ちが必要です。思い残す事がなくなれば人は簡単に諦めてしまいます」
そう言われては仕方がない。
「グレイグさま、必ずここに帰って来ましょう」
「ああ」
二人で覚悟を決めた。
でもクリスタには内緒でおやすみのご挨拶はきちんとした。
馬車は一路クロイツベルク侯爵邸に向かう。
侯爵ともなると、邸と呼ぶよりも城と呼ぶ方が正しい。城の一画が邸になっている。
油断すると迷ってしまう。衛兵に招かれ侯爵の御前に通される。
侯爵夫妻、横には令嬢が立っている。
後ろには甲冑を着た兵士が並び、例え同じグランベル王国の配下の者といえど警備が万全である事を示している。
「クロイツベルク侯爵、ヴェルナー伯爵家子息グレイグです。こちらは妻となるシェリルです」
「おお、よく来た。グレイグ、貴殿と会うのも何年ぶりか」
クロイツベルク侯爵はグレイグさまとの再会を懐かしむように笑顔でおっしゃる。
「もう十年にもなりましょうか。別荘をお貸しいただいた上に兵の帯同もお許しいただきありがとうございます」
ルース兄さまの事だ。
バルト様より少し遅れて別荘を守っていただいている。
今日はさすがに別荘近辺に控えているが、何かあればすぐに駆けつけられる。
「あそこはいい。しばし公務を忘れゆっくり過ごせよう?」
「ええ、街も見下ろせますし、少し登った所には草原が広がっていて見晴らしもよくてステキです」
監視所がある事はあえて言わなかった。
「そなた、もしかして巷で噂のシュガー令嬢か?」
今まで黙っていた令嬢が口を開いた。
生まれた時から侯爵の令嬢で私とは比べ物にならないほどステキな格好をされている。
髪も肌もドレスも首元の飾りも、立っているだけなのに風格がある。
「シュガー令嬢とは?」
侯爵がおっしゃる。
「他領から来て誰も知り合いが見ていないのをいい事に甘い甘い殿方と令嬢がいるとの噂です」
「グレイグ、この旅が終わったら伯爵を継ぐのであろう?そんな事では領民に示しがつかんぞ」
「は、ご指導心に留めておきます」
グレイグ様は恐縮した顔でそうおっしゃる。
「まあよい。羽目を外すならいまのうち。別荘もよいが不便であったろう。しばらくここに滞在しゆっくりするがよい」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人して礼を言って下がろうとした。
「シェリル、城に着いて忙しいとは思うが荷物を置いたら少し相手をしてもらえないかしら?」
令嬢の言葉は有無を言わせぬ響きがある。
望むところだ。私は緊張でピンと神経を張り詰めた。
「シュガーの部分を解きほぐして詳しく聞きたい」
目が輝いてる。ん?
部屋に通されたあと、侍女に支度が整い次第伺うと言ってクリスタに着替えを手伝ってもらう。
「侯爵令嬢ともなると、街でお茶とかありえないわよね」
「そうですね、侯爵令嬢は基本的に嫁ぐ時以外はこのお城から出ませんし」
クリスタはさらっと悲しい事を言う。
だから噂話でしか聞いた事がない相手が目の前に現れて、絶好の機会だと思ったのだろう。
「シェリ、うまい具合に味方に引き入れられないかな?」
「グレイグさま、これはそんな表裏のある話ではありません。女同士の話なのです」
グレイグさまを嗜めて部屋を出た。
ドレスは侯爵家に伺うのにアリアさまに用意していただいたものだ。
髪も少し上げて首元が見えるようにして耳飾りをしてある。
侍女についていくとそこは令嬢の部屋だった。
ゲストサロンに連れて行かれると思っていただけに驚きだ。
ドアがノックされ中から返事があり、招き入れられた。
「改めまして、シェリル・ラングリス子爵令嬢、グレイグ・ヴェルナー伯爵の妻となる身です」
子爵と伯爵という身分差を聞いて既に目がキラキラとしている。
「アデライード・クロイツベルクです。近くにお座りなさい」
テーブルを挟んで座ると一体何を聞かれるのかと身構える。
「そなたを見た時に直感したのです。我が領でそんなに目立つ事をすれば噂になる。これは噂になっても構わぬ者たちの振る舞い。侍女の話とお父様の話からきっと挨拶に来ると」
「アデライード様には隠し事は出来ません。ではどこからお話すればいいでしょう?」
焦らすように考え事をするような仕草をすると、アデライード様は食い付かれた。
「では、グレイグとの馴れ初めから話して欲しい!」
私は、グレイグさまから求婚の手紙が届いた所から話し始めた。
「うわ、そのような事が!?」
侯爵令嬢には求婚の手紙など来ず基本的に親同士が決めた縁談を受けるだけだから男性からの手紙というアプローチですら目が輝いてしまう。
その手紙が間違いだった事、おいしいお菓子が食べられるかも、エミリーによい土産話になるかも、と不純な動機から手紙を返しに行くルース兄さまについていくところも膨らませて話した。
「手紙を返す、なるほど伯爵の対面を考えての行動か。それにしても気軽に出掛けられて羨ましい」
途中お尻が痛くなって休憩している所でグレイグさまにお会いしたり、その先で賊と争ったりしている所を加勢した話ももちろんお話した。
「まるっきりお伽話の王子様ではないか。シェリル王子。私をお連れください」
アデライード様が私を見る目は尊敬そのものに変わってしまった。
「続きはまた明日にして、私にもアデライード様の事をお聞かせください」
「私の事など詰まらない事ばかり」
幼い頃から夜会の華として呼ばれては年上の男性から媚を売るような目で見られるばかり。
たまに同じ年頃の男の子と話をしても別の男の子が来るといつの間にか男の子同士で盛り上がりいなくなってしまう。
では女の子はどうかと言えば、引き立て役にされるのを嫌う親から近寄る事さえ許されないらしくほとんど一人ぼっちだった。
侍女達が遊んでくれるものの、それは主従関係あっての事。誰かと楽しく会話する事などほとんどなかった。
アデライード様は寂しい時を過ごされて来たのね。
せめて私がいる時だけでも楽しく過ごせるようにしましょう、そう思いお城の中を二人して散策する事にした。
尖塔に登って隣国を眺めてはあそこにはどんな人が住んでいるのかしらと想像したり、
礼拝堂で女神様にお祈りを捧げる人を女神像の後ろからそっと眺めてはあの人は欲張りなお祈りをしてる、と二人して口を押さえて笑うのを堪えたりした。
兵の詰め所では隊長がいない事をいい事に悪口を言っているのに聞き耳を立て、ロビーの正面階段の広い踊り場に掲げられた絵画を見て誰なのかしらと考えた。
多分、クロイツベルク侯爵家の誰かだろう、という事になった。
こんな絵はどこにでもある。ヴェルナー家にもラングリス家にも、メルヴィル家にもある。
「私の親友のエミリー・メルヴィルも物語の続きで出て来ますわ」
「それは楽しみ。シェリル自身は元よりその友も物語の主人公なのだな。羨ましい」
ゲストサロンでは侍女に聞かれてしまうので色々な話が出来なくて自室に招き入れて話をさせていたみたい。
そう考えるといつも監視されているみたいで全てが可哀想に思えてくる。
毎日アデライード様の部屋に通い、グレイグさまの事、エミリーの冒険譚も話した。
城の中も庭園も一緒に歩きながら話したし、アデライード様はまるで知らない所に来たようだ、とても楽しいとおっしゃる。
色々なところを巡りながらも隠し部屋を探している事が騙しているようで心苦しい。
尖塔にグレイグさまと一緒に登り、降りて来たレイから手紙を受け取った。
不意に後ろから声を掛けられる。
「お二人ともここで何をされていますかな?」
振り返ると兵が立っていた。
毎日のように城の中を散策し、鷹に手紙のやりとりをさせていては疑われるのもごもっともだ。
グレイグさまは兵が突き出した槍から私を守るように前に出られた。




