EP 8
血を補う「特製レバーペーストと薬草スープ」
「……ここに寝てろ」
厨房の奥。従業員の休憩用に置いていたコット(簡易ベッド)に、俺はキャルルを静かに降ろした。
「はぁ、はぁ……申し訳、ありません。私としたことが……」
「喋るな。魔法の反動と吐血で、極度の貧血状態に陥ってる。そのまま休んでろ」
顔面蒼白で荒い息を吐く彼女を見下ろし、俺は白雪を壁に立てかけた。
『TCCC(戦術的戦闘救護)』の知識とこれまでの経験から、彼女の身体が今何を欲しているかは一目で分かる。
急激な魔力消費と失血。この状態から最速で立ち直らせるには、即効性のある鉄分、ビタミンB群、良質なタンパク質、そして何より『吸収の良い水分』が必要だ。
「俺は料理人だからな。苦い薬は出せねえが、効くメシなら作れる」
俺はシンクで手早く血と汚れを洗い流し、まな板の前に立った。
ポケットの『エンジェルすまーとふぉん』を操作し、ルチアナのクレカで素早く食材を調達する。
取り寄せたのは、地球産の『最高級・新鮮な朝引き鶏レバー』。
そして、今朝ポポロ村の市場で仕入れておいた、この世界特有の回復アイテム『陽薬草』だ。
「まずは血抜きと臭み取りだ」
俺は鶏レバーを丁寧に下処理し、地球から取り寄せた新鮮な牛乳に漬け込む。
レバーは造血作用に最も優れた食材だが、特有の鉄臭さがあり、弱った胃腸には受け付けにくい。だが、三ツ星の技術をもってすれば、その臭みは完全に『濃厚な旨味』へと反転させられる。
牛乳で臭みを抜いたレバーを、みじん切りにした玉ねぎ、セロリ、すりおろした生姜と共に、たっぷりのバターでじっくりとソテーしていく。
厨房に、食欲を直接刺激する芳醇な香りが漂い始めた。
そこに無添加のコンソメブイヨンを注ぎ、ふつふつと煮立たせたところで火を止める。
ここで『陽薬草』の出番だ。
陽薬草の回復成分は、高温で煮込みすぎると揮発してしまう。俺はコンロから鍋を下ろし、絶妙な温度(70度前後)に下がったスープに、細かく刻んだ陽薬草をたっぷりと投入した。
それをハンドブレンダーで粉砕し、極限まで滑らかなポタージュ状にする。
最後に純生クリームをひと回ししてコクを加え、塩コショウで味を調えれば――
「完成だ。『特製・陽薬草と鶏レバーの滋養ポタージュ』。それに、レバーペーストを塗ったカリカリのバゲットだ」
湯気を立てるスープボウルと小皿をトレイに乗せ、俺はキャルルの枕元へ戻った。
「……あ、あの。私なんかのために、わざわざ……」
「店で客(民)を守ってくれた礼だ。遠慮はいらねえ」
起き上がろうとするキャルルの背中にクッションを当ててやり、俺はスープの入ったスプーンを彼女の口元へ運んだ。
「ほら、口を開けろ。少し熱いぞ」
「……っ」
キャルルはウサギの耳をペタンと伏せ、顔を真っ赤にしながら、おずおずと小さく口を開いた。
スプーンが彼女の唇に触れ、滑らかなポタージュが口内へと流れ込む。
その瞬間。
キャルルの丸い瞳が、驚きに見開かれた。
「――っ!? こ、これ……レバー、ですか……?」
「ああ。鉄分とタンパク質の塊だ」
「信じられません……。レバー特有の臭みが全くない……。それどころか、バターとお野菜の甘みが溶け合って、すごく濃厚で……それに、この爽やかな後味は……」
「陽薬草だ。お前ら月兎族の力には及ばないだろうが、細胞の活性化には役立つはずだ」
キャルルは信じられないものを見るような目で、ポタージュを飲み込んだ。
普通、回復薬や薬草スープといえば、ヴァルキュリアが作るような『舌が焼き切れるほど苦くて不味い汁』がこの世界の常識だ。
だが、優也の作ったスープは違った。
地球の三ツ星の調理技術と、異世界の薬草が見事に融合した『究極の薬膳料理』。
「美味しい……。こんなに温かくて、美味しいスープ……初めてです」
ポタージュが胃の腑に落ちた瞬間、キャルルの身体が内側からポカポカと熱を持ち始めた。
陽薬草の回復効果と、レバーの爆発的な栄養素が、彼女の枯渇した細胞に急速に浸透していく。
真っ白だった彼女の頬に、みるみるうちに健康的な桜色が戻ってきた。
「もっと食えるか?」
「は、はい……! いただきます……っ」
俺がスプーンで運ぶスープを、キャルルは小鳥のように次々と飲み込んでいく。
添えられたバゲットに乗ったレバーペーストも、サクサクとした食感と滑らかな旨味が絶妙で、彼女の食欲をさらに加速させた。
あっという間にスープボウルは空になり、キャルルは大きく息をついた。
「ふぅ……。ごちそうさまでした。身体の底から、力が湧いてくるみたいです」
すっかり顔色も良くなり、ウサギの耳もピンと元気良く立っている。
「なら良かった。今日はもう帰って休め」
俺が空いた食器を片付けようと立ち上がった、その時だ。
「……あの、優也さん」
キャルルの小さな手が、俺のエプロンの裾をきゅっと掴んだ。
振り返ると、ベッドに座る彼女が、前髪の隙間から、どこか熱を帯びた湿度の高い瞳で俺を見上げていた。




