EP 6
慈愛と暴力の村長(キャルル登場)
ガシャァァンッ!!
ならず者の一人が、わざとらしくパイプ椅子を蹴り倒した。
楽しい食事の熱気に包まれていた店内が、一瞬にして凍りつく。
先程まで美味い飯に涙を流していた傭兵たちも、武器を持たない状態で武装したならず者集団に囲まれ、顔をこわばらせている。
「おいおい、シカトかよ定食屋の親父。ポポロ村で商売するなら、俺たち『赤犬商会』にみかじめ料を払うのが筋ってもんだろうが」
ニヤニヤと下劣な笑みを浮かべながら、リーダー格の男がカウンターに身を乗り出してきた。
その視線がいやらしく動き、奥で震えているリリスとリーザを舐め回す。
「へへっ、金がねえなら、そこの可愛い給仕のネエチャンたちを置いていってもいいぜ? 俺たちがたっぷり『稼ぎ方』を教えてやるよ」
「ひぃっ……!」
「ダ、ダーリン……!」
二人が俺の背中に隠れる。
俺はカウンターの布巾をゆっくりと置き、男たちの装備を【神の裏帳簿】で視認した。
(……刃こぼれしたなまくら剣に、手入れされていない革鎧。原価はしめて銀貨2枚ってところか。歩法も素人同然。斬る価値すらないな)
「悪いが、うちの帳簿にお前らみたいな不良債権に払う経費は計上されてない。とっとと出て行け。飯が不味くなる」
「……あ? てめえ、自分がどういう状況か分かって――」
男が激高し、腰の剣を抜こうとした、その時だった。
「――そこまでです! 私の村で、これ以上の狼藉は許しません!」
凛とした声が、店の入り口から響いた。
全員の視線が集中する。そこに立っていたのは、一人のうら若き少女だった。
艶やかな毛並みのウサギの耳(月兎族の証だ)。動きやすい現代風のパーカーとショートパンツというラフな格好だが、その手には鋼鉄製の『ダブルトンファー』がしっかりと握られている。
そして足元には、ガテン系御用達の店『タローマン』で特注されたという、先端に鉄板の入った重厚な安全靴。
「なんだァ? ガキがしゃしゃり出てきやがって……って、お前、最近就任したっていう新米村長か!」
男が嘲笑う。
彼女こそが、このポポロ村の村長。元・レオンハート獣人王国の第三姫君にして近衛騎士隊長候補だった月兎族、キャルルだ。
「ええ、そうです。村の規律を乱す者は、私が直々に排除します」
「ハッ! ウサギのネエチャンが粋がってんじゃねえよ! おい、やっちまえ!」
リーダーの合図で、一人のならず者がキャルルに向かって剣を振り下ろした。
だが、キャルルのウサギの耳がピクリと動き、その凶刃を完全に見切る。
「【月影流・鐘打ち】ッ!」
キャルルの身体がブレたかと思うと、強烈な遠心力を乗せた回し蹴りが、男の脇腹にクリーンヒットした。
特注の安全靴と、月兎族の規格外の脚力(闘気)が合わさった一撃。
「ゴベァッ!?」
男はくの字に折れ曲がり、店の外へと砲弾のように吹き飛んでいった。
物理法則を無視したような破壊力に、ならず者たちが息を呑む。
「な、なんだこの女!? 蹴り一発で……ッ!」
「ひるむな! 囲んで殺せ!!」
逆上した男たちが一斉にキャルルへ襲い掛かろうとした瞬間――
「村長さんに手は出させねえ!!」
先程まで角煮丼を食べていた傭兵の一人が、キャルルを庇うように飛び出した。
だが、丸腰の彼にならず者の凶刃が容赦なく振り下ろされる。
「ぐあっ……!」
傭兵の肩口から鮮血が吹き出し、床に崩れ落ちた。
「っ……!!」
その瞬間、キャルルの表情から一切の好戦的な色が消え失せた。
彼女はトンファーをその場に投げ捨て、躊躇うことなく血を流す傭兵のそばに膝をついた。
「しっかりして! 今、私が治しますから!」
キャルルは両手を傭兵の傷口にかざし、全身から淡い月の光のような魔力を放出した。
だが、今は真昼間。月兎族の彼女にとって、月のない時間帯の治癒魔法は、己の生命力を削る行為に他ならない。
「ゴホッ……!」
傷口が急速に塞がっていくのと引き換えに、キャルルの口から赤い血がゴボリと吐き出された。
それでも彼女は魔法を止めず、顔を青ざめさせながらも、痛みに苦しむ傭兵に向かって「大丈夫、もう痛くありませんよ」と優しく微笑みかけている。
その自己犠牲の姿を見て、ならず者たちのリーダーが卑劣な笑い声を上げた。
「ギャハハハ! バカな村長だぜ! 自分から無防備になりやがって! おい、あのウサギを殺せ! そうすりゃこの村の金も女も俺たちのモンだ!」
ならず者たちが、血を吐いて動けないキャルルに向けて、再び剣を振り上げる。
「あわわわ! ゆ、優也さん!!」
リリスが悲鳴を上げる。
俺は。
己を犠牲にしてまで民を守ろうとする少女を嘲笑い、踏みにじろうとするその下劣な光景を前にして。
祖父の言葉を思い出していた。
『――理不尽に虐げられる民の涙を見過ごすは、上に立つ者として万死に値する。悪を討ち、正しき理を示すのが、お前の剣だ』
俺は、静かにポケットへ手を突っ込んだ。
指先が、コーヒーキャンディの包み紙を破る。
「……リリス、リーザ。少し目を塞いでろ。すぐに終わる」
その声は、自分でも驚くほど冷たく、静かに低く響いていた。




