EP 4
絶対的敗北の予感と、ヒロインたちの奔走
「幻帝竜」対「マッドボア(泥豚)」。
帝国最高峰の特級指定食材と、冒険者も見向きもしない底辺の肉。
そのあまりにも絶望的なカード合わせの噂は、瞬く間にポポロ村中を駆け巡った。
村人や国境警備の兵士たちの間には、重苦しい空気が漂っている。
「いくら親父さんの腕でも、アレは無理だろ……」
「しかも相手は魔法で味を強制的に美味くするチート持ちだ。終わった……俺たちの美味いメシが……」
村の誰もが、定食屋の『絶対的敗北』を予感していた。
***
「……で、なんでお前は剣を研いでるんだ、ダイヤ」
閉店後の『三ツ星食堂・白雪』。
優也がLarkを咥えながらジト目を向けると、カウンターの隅で砥石をシャコシャコと鳴らしていたダイヤが、真顔で顔を上げた。
「決まってるでしょ。今夜のうちに、あの生意気な宮廷シェフの寝込みを襲って、指の骨を全部へし折ってくるのよ。そうすれば明日の勝負は不戦勝で――」
「バカ野郎。料理の勝負に物理(暴力)を持ち込むな」
優也はダイヤの頭にチョップを落とし、ため息をついた。
「ダーリン! でも、どうするんですかぅ!?」
リーザが涙目で優也のエプロンを掴む。
「マッドボアのお肉がたまんねぎで柔らかくなるのは知ってますけど、相手は『幻帝竜』ですよぅ!? 素材の差がありすぎますぅ!」
「そうですわ! 私の今後のまかない(生命線)が懸かってるんですのよ!? あんなカチカチの泥豚で勝てるわけ……」
皿洗いで手がふやけた女神ルチアナも、涙声で抗議する。
だが、優也は全く動じることなく、ポケットから一枚のメモ用紙を取り出し、カウンターにバンッと叩きつけた。
「騒ぐ暇があるなら、これを集めてこい。……明日の仕込みに絶対に必要な『素材』だ」
ヒロインたちがメモを覗き込む。
そこに書かれていたのは、信じられないものばかりだった。
酸腐れワイン(発酵しすぎて酢になった廃棄寸前の安ワイン)
鬼食い草(苦すぎて魔物すら食べない猛毒級の野草)
黒甘樹の樹液(甘ったるくて焦げ付きやすい、使い道のない樹液)
「ゆ、優也さん……? これ、食材じゃなくて、ただのゴミ(廃棄物)のリストじゃ……」
キャルルがウサギ耳をパタパタとさせて首を傾げる。
「ただのゴミじゃねえ。……チート野郎の幻帝竜を喰い破るための、最強の【兵器】だ」
優也はニヤリと、不敵な笑みを浮かべた。
「あの豚肉を『究極の角煮ステーキ』に化けさせるには、こいつらがどうしても要る。……お前ら、俺を信じて集めてこられるか?」
優也のその言葉に。
ヒロインたちの顔から、不安の色が一瞬で消え去った。
「……任せてくださいぅ!」
リーザが力強く頷く。
「マスターが『勝てる』って言うなら、私たちはそれを信じるだけですぅ!」
「ええ! 村の裏山とネギオおじさんの廃棄置き場ね! すぐに行ってくるわ!」
ダイヤ、リリス、リーザ、キャルル。
そして「あんたも手伝え」と優也に首根っこを掴まれたルチアナを加えた五人の乙女たちは、夜のポポロ村へと駆け出していった。
***
数時間後。
「はぁ……はぁ……っ! と、取ってきましたわぁぁっ!!」
店に帰ってきた彼女たちの姿は、泥だらけでボロボロだった。
リリスとリーザは崖をよじ登って黒甘樹の樹液を採取し、キャルルは自慢の嗅覚で土まみれになりながら鬼食い草を掘り当てた。ダイヤとルチアナは、重い酸腐れワインの樽を担いで山道を走ってきたのだ。
「……上出来だ」
優也はボロボロになった彼女たちを見て、ほんの一瞬だけ、優しく目を細めた。
そして、冷蔵庫からよく冷えた特製の『ハニーレモン水』を取り出し、彼女たちの前にコトンと置いた。
「飲め。……ここから先は、俺の仕事だ」
「「「「はいっ(ですぅ)!」」」」
冷たいレモン水を飲み干し、彼女たちは真剣な眼差しで優也の手元を見つめる。
優也はまな板の上に、岩のように硬いマッドボアのブロック肉を置いた。
そして、集められた「ゴミ」の調理に取り掛かる。
まずは『酸腐れワイン(要するに強力なワインビネガー)』をボウルに注ぎ、そこにすり鉢でペースト状になるまで叩き潰した『鬼食い草』を投入する。
(鬼食い草の強烈な苦味成分と香りは、マッドボアの泥臭さを完全に中和する『マスキング効果』がある。そして酸腐れワインの強力な酸(pH)が、肉の筋繊維を一気に解きほぐす……)
さらにそこへ、ドロリとした『黒甘樹の樹液』をたっぷりと加える。
(この樹液の持つ特殊な糖分が、明日の本番で超高温の鉄板と合わさることで……完璧な【メイラード反応(焦がしによる旨味の爆発)】を引き起こす)
優也は完成したドス黒い特製マリネ液の中に、マッドボアの肉を完全に沈め、真空状態にして魔導冷蔵庫の奥深くに封印した。
「よし。……あとは、一晩寝かせるだけだ」
地球の料理科学。
それは魔法のように一瞬で味を変えることはできないが、酵素と酸、そして浸透圧の力によって、細胞レベルで肉のポテンシャルを極限まで引き上げる『ロジック』の結晶である。
「お前ら、今日はもう休め。明日は忙しくなるぞ」
優也がエプロンを外し、Larkに火を点ける。
「優也さん……明日は、絶対に勝ちましょうね!」
キャルルが泥だらけの顔で、満面の笑みを浮かべた。
「当たり前だ。……三ツ星の定食屋の親父を、舐めんじゃねえよ」
夜の厨房に、静かな闘志が満ちていく。
天才宮廷シェフのチート魔法に対し、泥臭い定食屋が地球の科学で挑む『究極の食戟』の朝が、すぐそこまで迫っていた。




