EP 3
最悪の食戟と、不利な条件
「……上等だ。その勝負、受けてやる」
優也は口に咥えていたLarkの灰を落とし、ユリウスが叩きつけた純白の手袋を、あえて薄汚れた厨房用サンダルの裏で踏み躙った。
「貴様ッ……! 宮廷の紋章が入った手袋を足蹴にするとは……ッ!」
ユリウスの美しい顔が、屈辱で怒りに歪む。
「拾ってほしけりゃ、テメェが落とした肉を先に拾えって言ったんだよ。……で? 料理対決(食戟)のテーマは何にする気だ」
優也の挑発的な視線を受け、ユリウスはギリッと歯を食いしばった後、すぐに余裕の冷笑を取り戻した。
「フッ……無知な平民はこれだから困る。テーマは『肉料理』だ。この私が、本物の【特級指定食材】というものを拝ませてやろう」
ユリウスが指を鳴らすと、背後に控えていた助手たちが、重厚な装飾が施された魔導冷蔵箱を恭しく運び込んできた。
カチリ、と幾重にもかけられた魔力封印が解かれ、蓋が開かれる。
その瞬間、店内が神々しいまでの『圧倒的な魔力』と、冷気に包まれた。
「おおおっ……!? な、なんだあの肉は!?」
「光ってるぞ!? 肉の脂身が、まるで宝石みたいに輝いてる……っ!」
箱の中に鎮座していたのは、見事なサシ(霜降り)が入った、巨大な真紅の肉塊だった。ただ置かれているだけで、周囲の空気が美味そうな匂いに染まっていくような錯覚すら覚える。
「見よ! これぞルナミス帝国の至宝、皇帝陛下のみが食すことを許される超特級指定食材! **『幻帝竜』**の極上リブロースだ!!」
ユリウスが高らかに宣言すると、客席からどよめきが起きた。
ポポロ村の宰相であるリバロンでさえ、冷や汗を流して目を見開いている。
「げ、幻帝竜だと……!? ただでさえ美味な飛竜の、さらに上位種。その肉は口に入れただけで溶け、食べた者に莫大な魔力と生命力を与えるという、まさに伝説の食材……ッ! そんなものを持ち出してくるとは!」
「ハッハッハ! その通り! この肉は、焼くだけで至高の美味となる! それに私の【味覚付与】の魔法を乗せれば、神すらもひれ伏す完璧なひと皿が完成するのだ!」
ユリウスは狂気じみた笑い声を上げ、優也を嘲蔑の目で見下ろした。
「さあ、定食屋の親父よ! お前は何の肉を使う? この『幻帝竜』を前に、まさかその辺のウサギの肉でも焼くつもりか? それとも、また神界からチート食材でも取り寄せるか?」
ユリウスの言葉に、厨房の奥で皿を洗っていた女神ルチアナがビクゥッ!と肩を震わせた。
(む、無理ですわ! 今の私、お財布どころか神力もスッカラカンですのよ!? 優也、どうしますの!? 負けたら私のまかない(ご飯)が永遠に失われてしまいますわぁぁっ!)
ルチアナが声なき悲鳴を上げる中、優也は全く焦る様子もなく、冷蔵庫の奥から『ある肉塊』をドサリとまな板の上に置いた。
「俺が使うのは、これだ」
「……は?」
ユリウスが、間の抜けた声を漏らす。
まな板の上に置かれていたのは、暗褐色で、見るからに筋張った硬そうな肉だった。おまけに、ほんのりと泥臭い獣の匂いまで漂ってくる。
「え、優也さん……? それって、今朝のまかないで使った……」
キャルルが不安そうにウサギ耳を揺らす。
「ああ。村の猟師のネギオが、安く卸してくれた**『マッドボア(泥豚)』**の肉だ。……資金がねえんだ。今のうちの店で出せる、最高の肉料理はこれしかねえ」
数秒の沈黙の後。
ユリウスが、腹を抱えて大爆笑し始めた。
「アッハッハッハッハッ!! 泥豚だと!? 冒険者ですら、金がない時にしか食わない、臭くて硬い最底辺のゴミ肉じゃないか! 貴様、ついに正気を失ったか! それとも勝負を捨てる気か!」
「優也様! いくらなんでもそれは……!」
リバロンが焦って口を挟むが、優也はスッと片手を上げてそれを制した。
「勝負の日時は明日の昼。審査員は、そこのクラウス大隊長と、リバロン、そして帝都からお前のお目付け役として来てるらしい『監査官』の三人でどうだ」
優也が提示した条件に、ユリウスは冷笑を浮かべて頷いた。
「いいだろう。皇帝陛下の舌を満足させる私が、こんな掃き溜めで豚の餌と勝負させられるとは屈辱だが……。明日の昼、お前のその薄汚い店が取り潰される瞬間を楽しみにしておくことだ」
ユリウスはマントを翻し、助手たちと共に店を後にした。
後に残されたのは、圧倒的な絶望感と、絶対的に不利な条件だけ。
「ダーリン……! どうするんですかぅ! いくらダーリンでも、あのチートお肉にマッドボアで勝つなんて……!」
リーザが涙目で優也の袖を引く。
だが、優也の顔に絶望の色は一切なかった。
彼は新しいLarkに火を点け、ふぅと紫煙を吐き出す。
「料理に貴賎はねえ。高級食材を美味くするのは当たり前だ」
優也はニヤリと、三ツ星シェフとしてのプライドに満ちた、獰猛な笑みを浮かべた。
「あの魔法頼りのチート野郎に教えてやる。本物の料理人が作る『極上のB級グルメ』が、どんなバケモノ食材を喰い破るのかをな」
優也の瞳の奥で、職人の炎が静かに燃え上がっていた。




