EP 2
帝都からの刺客・天才宮廷料理人ユリウス
「オラッ! 3番テーブルに『マッドボアの生姜焼き定食』二つ! 神様(新入り)、皿洗いの手が止まってんぞ!」
「ひぃぃぃっ! や、やってますわ! やってますわよぉぉっ! なんで最高位の女神たる私が、油まみれのフライパンをタワシでこすってますのぉ!?」
昼時の『三ツ星食堂・白雪』は、戦場のような忙しさだった。
ゲルド子爵が失脚し、物流が完全復旧したポポロ村には、国境警備の兵士たちだけでなく、遠方の街からわざわざ噂を聞きつけてやってくる商人や冒険者たちで溢れかえっていた。
安いB級食材を地球の料理科学で極上に昇華させる優也の『定食』は、今や国境地帯で一番の美食として名を馳せていたのだ。
「あぁん……私の純白のドレスに醤油のシミがぁ……っ。優也の鬼! 悪魔! 定食屋のハゲ親父!」
厨房の隅で、涙目で皿を洗う元・チート提供者の女神ルチアナ。
その情けない姿を横目に、優也は次々とオーダーを捌いていく。
「文句言ってねえで手を動かせ。働きが良ければ、今日のまかないは『マッドボアの角煮』にしてやる」
「ッ! やりますわ! ピッカピカのキュッキュにしてやりますわぁぁっ!!」
角煮という単語に釣られ、女神が猛烈な勢いで皿を洗い始めた。
平和で、泥臭くて、活気のある定食屋の日常。
だが、その活況を快く思わない者たちが、帝都の奥深くで動き出していたことを、優也はまだ知らなかった。
***
「……親父はん! えらいこっちゃ! 店の前に、とんでもない馬車が止まったで!」
外で客引きをしていたニャングルが、血相を変えて店内に飛び込んできた。
「あァ? また変態の貴族か?」
優也がフライパンを振りながら顔をしかめる。
「いや、ちゃう! アレは……『帝国宮廷美食ギルド』の紋章や!」
その言葉に、店で食事をしていた客たち――特に帝国の軍人であるクラウスの部下たちが、サッと顔色を変えて箸を止めた。
「きゅ、宮廷美食ギルドだと……? 皇帝陛下の食卓を預かる、帝都の料理特権階級がなぜこんな辺境に……!」
ざわめきの中、店の引き戸がゆっくりと開かれた。
「――スゥゥゥゥ。……ああ、酷い。なんて酷い悪臭だ。下等な獣の脂と、原始的な調味料の焦げた匂い。……こんな豚の餌が、帝都の美食家たちの間で噂になっているとは。世も末だな」
鼻をハンカチで覆いながら現れたのは、二十歳そこそこの細身の美青年だった。
プラチナブロンドの髪を気取った形に切り揃え、金糸の刺繍が施された純白の『宮廷シェフコート』を纏っている。その後ろには、荷物持ちの助手が数人付き従っていた。
「な、なんだテメェ! せっかく美味いメシ食ってんのに、飯がマズくなるようなこと言ってんじゃねえぞ!」
血の気の多い冒険者の客が立ち上がるが、青年の鋭い一瞥と、彼から放たれる『強力な魔力の威圧』に当てられ、ドサリと腰を抜かしてしまった。
「静かにしろ、底辺のゴミ屑ども。私の繊細な鼓膜が穢れる」
青年は悠然と店の中央へ進み出ると、優也を真っ直ぐに見据えた。
「お前が、この薄汚い餌場の主人か? 私はユリウス。ルナミス帝国宮廷美食ギルド所属、史上最年少の『特級宮廷シェフ』だ」
「ユリウスだと……!?」
奥の席から、リバロンが驚愕の声を上げた。
「知ってんのか、リバロン」
優也がLarkを口に咥えながら問うと、リバロンは険しい顔で頷いた。
「ええ。帝都の料理界で『味覚の錬金術師』と呼ばれる天才です。……彼は、料理の腕のみならず、天性のユニークスキル【味覚付与】を持っている。どんな食材の味も、魔法の力で強制的に『極上の美味』へと書き換えることができる……まさに【チート調理スキル】の持ち主です」
リバロンの解説を聞き、ユリウスはフッと鼻で笑った。
「その通り。私の魔法にかかれば、その辺の石ころですら高級食材の味に変わる。選ばれし才能を持つ私こそが、料理界の頂点。……それなのに」
ユリウスは、近くのテーブルに置かれていた『マッドボアの生姜焼き』をフォークで突き刺し、顔をしかめた。
「最近、帝都の貴族たちの間で『国境の村に、宮廷料理より美味い定食屋があるらしい』などという、ふざけた噂が流れていてね。我々『宮廷美食ギルド』の権威を傷つけるその噂を消し去るため、ギルド長の命により、この私が直々に叩き潰しに来てやったというわけだ」
ユリウスはフォークに刺した肉を、ゴミでも捨てるように床へとポイッと放り投げた。
「おい」
優也の低く、絶対零度の声が響いた。
店内の空気が一瞬で凍りつく。
「なんだ? 自分の餌が床に落ちて悲しい――」
「客が金払って頼んだメシを、床に落とすな。拾って食え」
優也はカウンターから身を乗り出し、ユリウスを鋭く睨みつけた。
その背後では、怒りで髪を逆立てたリリスとリーザ、そしてダイヤが、いつでも武器を抜けるよう身構えている。
「ハッ! 誰がこんな下賤な肉を食うものか。……いいだろう。そんなに自分の『餌』に自信があるなら、私と【食戟】をしろ」
ユリウスは真っ白な手袋を外し、優也の足元に叩きつけた。
「料理対決だ。私が勝てば、この店は即刻取り潰し。さらに、ポポロ村の仕入れルートはすべて我々ギルドが接収する」
「……俺が勝ったら?」
優也がLarkに火を点け、紫煙を吐き出しながら尋ねる。
「あり得ないが、もしお前が勝てば、私の宮廷シェフの称号と、ギルドの特権をくれてやろう。……どうだ? 魔法を持たない原始人の料理人よ。受ける度胸はあるか?」
魔法で味を強制的に書き換えるチートシェフと、地球の料理科学を駆使する三ツ星の定食屋。
絶対に負けられない、プライドと店の存続を懸けた最悪の『料理対決』の火蓋が、今ここに切って落とされた。




