第五章『神の財布(ゼロ)と三ツ星の意地 ~帝国宮廷シェフのチート食材を、B級肉で喰い破れ!~』
消えた高級食材と、ポンコツ女神の降臨
ゲルド子爵邸から『押収(という名の合法略奪)』した高級食材の宴から、数日が経過した。
ポポロ村の『三ツ星食堂・白雪』の厨房には、静かな日常が戻っていた。
いや、正確には「本来の定食屋のリアルな日常」が始まったと言っていい。
「……よし。これでワイバーン肉もエルフ・ワインも、完全に底を突いたな」
俺は冷蔵庫と貯蔵庫の在庫を確認し、小さく息を吐いた。
手元にあるのは、ポポロ村の猟師が持て余して安値で卸してくれた『マッドボア(泥豚)』の硬い肉と、形が不揃いな『たまんねぎ』、そして安物の香草くらいだ。
ルチアナの神のブラックカード(チート)が凍結された今、もう高級食材を魔法のようにポチることはできない。
「だが……ここからが本当の『腕の見せ所』だ」
俺はLarkに火を点け、ニヤリと笑った。
予算に糸目をつけない高級食材を美味くするのは、三ツ星シェフなら当たり前だ。だが、一見価値のない安い食材を、技術と知識で極上のひと皿に変える。それこそが料理人の真骨頂である。
「マスター! 今日のまかないは何ですかぅ!?」
「ダーリン! 私、ワイバーンのお肉がまた食べたいですぅ!」
ホールから、いつものように腹を空かせたリリスとリーザが飛び込んできた。
俺はタバコを灰皿に置き、フライパンを火にかけた。
「ワイバーンはもうねえよ。今日のまかないは『マッドボアとたまんねぎの生姜焼き風』だ」
「ええーっ! マッドボアって、泥臭くてゴムみたいに硬いお肉ですよぅ!?」
リーザが露骨にガッカリした顔をするが、俺は構わず、特製のタレに漬け込んでおいた肉をフライパンに投入した。
ジューゥゥゥッ!!
食欲を暴力的に刺激する醤油と生姜の香りが、店内に爆発する。
皿に盛り付け、どんぶり飯と共に二人の前にドンッと置いた。
「四の五の言わず、食ってみろ」
二人は恐る恐るマッドボアの肉を口に運んだ。
その瞬間。
「……えっ!? や、やわらかぁぁぁいっ!!?」
「なにこれぇ!? 泥臭さが全然なくて、お肉の旨味がジュワッて……! 美味しいですぅぅ!!」
目を丸くして驚愕する二人。
「たまんねぎの『酵素』だ。すりおろしたたまんねぎに肉を一晩漬け込むことで、酵素がマッドボアの硬い筋繊維をボロボロに分解して極限まで柔らかくする。ついでに安ワインのアルコールと生姜で臭みを完全に飛ばした」
これぞ地球の料理科学。魔法に頼らない、純粋な『仕込み』の勝利だ。
「マスター、天才ですぅ! ワイバーンよりご飯が進みますぅ!」と、二人がどんぶりをかき込み始めた、その時だった。
ピカァァァァァァァァァッ!!!
突然、店の天井から神々しいまでの黄金の光が降り注ぎ、ホールのど真ん中に『巨大な光の柱』が出現した。
「な、なんだ!? 敵襲か!?」
「マスター、後ろに下がっててくださぃ!」
リリスとリーザが咄嗟に箸を置き、身構える。
光の柱の中から現れたのは、純白のドレスを身に纏い、背中に美しい光の羽を生やした、絶世の美女だった。
プラチナブロンドの長い髪をなびかせ、その頭上には天使の輪が浮かんでいる。
『……ふふっ。久しいですわね、選ばれし料理人よ』
神々しいエコーのかかった声が、店内に響き渡る。
リリスとリーザが、その圧倒的な神気に気圧されて息を呑んだ。
「あ、あなたは……まさか、神様……!?」
『いかにも。私は美と豊穣、そして食を司る女神――ルチア……ルチ……』
荘厳な名乗りを上げようとした女神の顔が、みるみるうちに歪んでいく。
そして。
「ルチア……うっ、うぇぇぇぇぇんっ!! 優也ぁぁぁぁぁぁっ!!」
ドサァァァッ!!
絶世の美女(女神)は、神々しさの欠片もない勢いで床にスライディング土下座をかまし、俺の足元にしがみついてボロボロと大号泣し始めたのだ。
「えっ……!?」
リリスとリーザがポカンと口を開ける。
俺は足元で鼻水を垂らして泣きじゃくる女神を見下ろし、呆れ果ててため息をついた。
「……おい。誰かと思えば、俺をこの世界に呼び出して、勝手にクレジットカードを凍結させやがったポンコツ女神じゃねえか」
「ポンコツじゃないですわーっ! ひどいですわーっ!! 違うんです、聞いてください優也!」
ルチアナは俺のエプロンをギュッと握りしめ、顔をぐしゃぐしゃにして叫んだ。
「神界の最高神に、私のブラックカードの使い込みがバレちゃったんですわ! 『人間のメシごときに神の財産を湯水のように使いおって! 反省するまで天界出入り禁止じゃ!』って、お財布どころか、私自身が神界をクビ(追放)になっちゃったんですわぁぁぁっ!!」
「……あ、そう。自業自得だな。帰れ」
俺が冷たく足を振り払おうとすると、ルチアナはさらに強くしがみついてきた。
「無理ですわ! 帰る場所がないんですわ! 私、もう三日も水しか飲んでなくて……お腹が、お腹が背中とくっつきそうですわぁぁぁ……ッ!!」
ギュルルルルルルルルルルルゥゥゥ……ッ!!
女神らしからぬ、野獣のような腹の虫の音が店内に響き渡った。
「……」
俺は無言でポケットからLarkを取り出し、火を点けた。
ふぅ、と紫煙を女神の顔面に吹きかける。
「金のないお前に、食わせるタダ飯はねえよ」
「そんなぁっ! 私、神様ですよ!? 最初の頃、あんなに優也に貢いであげたじゃないですか! ケチ! 鬼! 定食屋のハゲ親父!」
「誰がハゲだ。……おいリリス、リーザ」
「は、はいっ!」
戸惑っていた二人が姿勢を正す。
「こいつに、まかないの『マッドボアの生姜焼き』の残りを食わせてやれ。……ただし」
俺は白雪の柄をポンと叩き、床で泣き喚く女神を見下ろしてニヤリと笑った。
「今日からお前は、うちの店の『住み込みの皿洗い』だ。神様だろうがなんだろうが、働かざる者食うべからず。それが定食屋のルールだ」
「さ、皿洗いぃ!? この私が!?」
「嫌なら表の雑草でも食ってろ」
「ひぃんっ! やります! やりますわぁぁっ!! だからお肉ゥゥゥッ!!」
かくして。
神の財力を失った定食屋に、神の力(権能)を失ったポンコツ女神が、新たな居候(皿洗い)として加わることになった。
チートなしの泥臭い経営に、新たな波乱のスパイスが振りかけられようとしていた。




