EP 9
それぞれの見せ場と帰還
ゲルド子爵がクラウスの部隊によって連行され、屋敷の周囲を固めていた私兵たちも次々と武装解除されていく。
豪華絢爛だった子爵邸は、今や完全に帝国軍の統制下に置かれていた。
「……よし、これで事件は一件落着だな」
優也が厨房ワゴンに寄りかかり、新しいLarkに火を点けたその時。
背後から、ガシャン、ゴトンッ!と、およそ『事後処理』には似つかわしくない物々しい音が響いてきた。
「ふふふ……! このレイピア、柄にミスリルが使われてるじゃない! こっちの短剣も、帝都の裏路地で高く売れそう……じゃなかった、ポポロ村自警団の備品として厳正に『没収』させてもらうわ!」
ダイヤが、気絶している暗殺部隊の男たちの身柄を転がしながら、彼らの持つ高級武具を次々と麻袋に詰め込んでいる。その目は完全に、獲物を見つけた賞金稼ぎ(ハンター)のそれだ。
「マスター! ダーリン! 見てくださいぃ!」
さらに廊下の奥から、リリスとリーザが満面の笑みで巨大な木箱を引きずってきた。
「一階のVIP用貯蔵庫を開けたら、すごいお宝の山でしたぅ! 見たこともない霜降りの『飛竜肉』に、樽に入った年代物の『エルフ・ワイン』ですぅ!」
「あと、すっごく甘そうな『黄金のハチミツ』もありましたぅ! これ、全部私たちが『保護』してあげないと腐っちゃいますぅ!」
「……お前らな。どこの野盗だ」
優也は呆れてため息をついた。
帝国軍の監査が入っている現場で、堂々と押収品をかっぱらおうとする図太さ。さすがはポポロ暗躍部隊の面々である。
そこへ、ゲルドの引き渡しを終えたクラウスが、疲れた顔で戻ってきた。
「……ダイヤ殿、リリス殿、リーザ殿。それは一応、事件の証拠品および帝国の押収物資なのだが……」
真面目な騎士が、困惑したように眉を下げる。
だが、間髪入れずにリバロンがスッと前に出た。
「おや、クラウス大隊長殿。その物資はもともと、ゲルド子爵がポポロ村の流通を不当に止めて【買い叩いた】、あるいは【不当に徴収した】村の財産でございます。我々はただ、村人の正当な財産権に基づき『返還手続き』を行っているだけに過ぎませんが……何か法的な問題でも?」
ルナミス執事検定1級の放つ、完璧なスマイルとロジック。
クラウスはウッと口ごもり、チラリと優也を見た。
「……クラウスさんよ。お堅いこと言うな。あいつらも命がけで『四段攻撃』を放ったんだ。手間賃くらい大目に見てやってくれ」
優也が紫煙を吐き出しながら言うと、クラウスはついに降参したように肩をすくめた。
「……はぁ。貴方たちには勝てないな。わかった。その物資の出所は『ポポロ村の所有物であり、被害品として返還した』という調書を作っておこう。……私としては、ゲルドの裏帳簿さえ押収できれば十分すぎる大戦果だからな」
「話が早くて助かるぜ。よし、野郎ども! 荷車に積めるだけ積め!」
「「「「わぁぁぁいっ!!」」」」
優也の号令に、乙女たちは歓声を上げて物資の運び出し作業(という名の合法的な略奪)を加速させた。
「あの……優也さん」
喧騒の中、キャルルが優也のコックコートの袖を、控えめにちょこんと引っ張った。
先ほどの怒りに満ちた表情はすっかり消え、元の愛らしい月兎の村長の顔に戻っている。
「どうした。どっか怪我でもしたか?」
優也が振り返ると、キャルルはふるふると首を横に振った。
「ううん。どこも痛くないです。……ただ、その」
キャルルは少し俯き、長く白いウサギ耳をペタンと伏せた。
「私、村を出る時……本当に怖かったんです。もう、優也さんのご飯も食べられないし、あの豚のコレクションにされて、一生檻の中で生きるんだって思ったら……」
ポツリとこぼれた本音。
どんなに明るく振る舞っていても、彼女は権力者の欲望に翻弄され続けてきた希少種族の生き残りだ。たった一人で背負った絶望は、計り知れないほど深かったはずだ。
「でも、優也さんが……ドアを蹴破って、助けに来てくれたから……っ」
キャルルの目から、大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちた。
「ありがとう、ございます……っ。私、優也さんに出会えて、本当によかった……っ」
彼女はそのまま、優也の広い胸に顔を埋め、子供のように泣きじゃくった。
優也は咥えていた煙草を外し、不器用な手つきで、彼女の震える背中と、白いウサギ耳を優しく撫でた。
「……よく我慢したな、村長。もう大丈夫だ」
優也の低く温かい声に、キャルルはさらに強く彼を抱きしめる。
「お前のその毛並み(ウサギ耳)は、変態の豚にブラッシングされるためじゃなく、美味いメシの匂いを嗅ぎつけるためについてんだろ」
「ふふっ……はいっ、そうです……っ」
キャルルは涙で顔をぐしゃぐしゃにしながら、嬉しそうに微笑んだ。
「帰ったら、奪い返した『黄金のハチミツ』を使って、お前の一番好きな『人参マンドラ』の極上デザートを作ってやる。……腹空かせて待ってろ」
「はいっ! 私、どんぶり三杯食べますぅ!」
キャルルがようやく満面の笑顔を取り戻したのを見て、優也は短く笑い、再びLarkを口に咥えた。
「さあ、帰るぞ。俺たちの厨房にな」
***
深夜。
ルナミス帝国国境からポポロ村へと続く、月明かりに照らされた街道。
その道を、一台の大型荷馬車が、溢れんばかりの『高級食材』と『武器』を積んでのんびりと進んでいく。
御者台には、手綱を握るリバロン。
荷台の中では、安心したのかダイヤ、リリス、リーザが、大量のワイバーンミートを枕にしてスヤスヤと寝息を立てている。キャルルもまた、優也のコックコートの裾をぎゅっと握りしめたまま、幸せそうな寝顔を見せていた。
「……月が綺麗ですね、優也様」
リバロンが、夜空を見上げながら静かに言った。
「ああ。ゲルドが捕まったことで、村への物流封鎖も明日には解ける。……神の金がなくても、これだけ上等の食材が手に入りゃあ、当分は『白雪』の営業に困ることはねえな」
優也は夜風に吹かれながら、手元の『白雪』の柄をポンと叩いた。
理不尽な権力も、変態貴族の欲望も、すべてを物理とギャグの合体技で粉砕し、たっぷりの『戦利品』と共に日常へと帰還する。
それが、ポポロ暗躍部隊の――定食屋の親父の、容赦なき流儀だった。
馬車は、美味いメシと大宴会が待つ『三ツ星食堂・白雪』へ向けて、月夜の道をまっすぐに進んでいった。




