EP 8
クラウスの御用改めと、裏帳簿の押収
「――そこまでだ!! 帝国軍・広域監査部隊、突入!!」
静まり返った寝室に、再び怒号が響き渡った。
扉の残骸を蹴散らし、抜身のミスリルソードを構えた騎士たちが次々と雪崩れ込んでくる。その先頭に立つのは、白銀の甲冑を月光に輝かせた騎士、クラウス・クラインだ。
彼は、リバロンが事前に「正規のルート」で飛ばしていた緊急通報を受け、帝都近郊から馬を飛ばして駆けつけたのだ。
「ゲルド子爵! 貴殿がポポロ村に対して行った不当な物流封鎖、および職権乱用による――」
クラウスが正義の口上を述べながら部屋の中央へ進み出たが、その言葉はまたしても途中で止まった。
「……な、なんだ、この……惨状は」
クラウスの目の前には、豪華な天蓋付きベッドの残骸に埋もれ、白目を剥いてピクピクと痙攣しているゲルド子爵。そして、部屋の至る所に転がっている、帝国でも有数の実力を持つはずの暗殺部隊の無惨な姿。
そして何より、部屋の真ん中で「やり切った」という顔で清々しく笑っている四人の乙女たち。
「あ、クラウスさん! お疲れ様ですぅ!」
「ちょうど今、メインディッシュの盛り付けが終わったところですよ!」
リリスとリーザが、血の気のないゲルドを指差して無邪気に手を振る。
「……優也殿。またしても、貴殿がやったのか?」
クラウスが引き攣った笑みを浮かべながら、厨房ワゴンに腰掛けてタバコを吹かしている優也に尋ねた。
「俺は前座を片付けただけだ。仕上げ(トドメ)は、そこの乙女たちの情熱的なキックだ。……ま、自業自得だろ」
優也が紫煙を吐き出すと、クラウスは深いため息をつき、剣を鞘に収めた。
「……致し方ない。ゲルド子爵! 貴殿には、希少種族に対する強制わいせつ未遂、および私利私欲による軍事的物流封鎖の容疑がかかっている。神聖なる騎士の誇りにかけて、貴殿を捕縛する!」
クラウスの合図で、騎士たちがゲルドの両腕を掴み、ガチリと重厚な【魔導手錠(御縄)】をはめた。この手錠は魔力を封じるだけでなく、犯罪者の自由を完全に奪う帝国の公的な拘束具だ。
「さあ、リバロン殿。例の『ブツ』を」
優也の声に応じ、リバロンが子爵の書斎の隠し金庫(キャルルが既に蹴り開けていた)から回収した、一冊の分厚いファイルをクラウスに差し出した。
「ゲルド子爵が、ポポロ村の物流を止めることで、どの程度の不当利益を得ようとしていたか。そして、これまでに彼が手籠めにしてきた女性たちのリスト……そのすべてが記された『裏帳簿』でございます」
リバロンの言葉に、クラウスの蒼い瞳が怒りで鋭く光った。
「……なるほど。これは言い逃れの余地なしだ。内務卿オルウェル閣下も、これを見れば即座に処刑……いや、永久的な強制労働を命じるだろう」
「あ、あばばば……っ……」
手錠をかけられたゲルドが、ようやく意識を戻しかけ、絶望に満ちた声を漏らした。
金も、地位も、権力も。そして月兎族を弄ぼうとした醜い野望も。そのすべてが、たった一夜で、定食屋の親父と乙女たちのキックによって粉砕されたのだ。
「連れて行け! この男に貴族を名乗る資格はない!!」
クラウスの峻烈な命令により、ゲルド子爵は引きずられるようにして部屋から運び出されていった。
「……ふぅ。これでようやく、村に塩と魔石が届くようになるわね」
ダイヤが腰の剣を納め、晴れやかな顔で伸びをした。
「優也さん……本当に、ありがとうございました。私……」
キャルルが潤んだ瞳で優也を見上げる。
「礼なら、あっちの食いしん坊たちに言え。俺はただ、仕入れを邪魔されて腹が立っただけだ」
優也はそっけなく答え、最後の一吸いをしてLarkを携帯灰皿に押し付けた。
「さて、野郎ども。片付けだ。……村に帰って、仕入れ直した食材で『本物のメシ』を作らなきゃならねえからな」
その言葉に、乙女たちの顔が一気に輝いた。
事件解決の報酬よりも、法的な正義よりも、彼女たちが今一番求めているもの。
それは、ポポロ村の小さな食堂で待っている、あの温かくて最高に美味しい、優也の手料理だった。




