EP 3
ポポロ村到着と、腹ペコ人魚姫
森を抜け、開けた街道をしばらく歩くと、巨大な防壁と賑やかな街並みが見えてきた。
「優也さん! 着きましたよ! ここがルナミス帝国、獣人王国、魔皇国の三大国の緩衝地帯……『ポポロ村』です!」
「村、という規模じゃねえな」
目の前に広がる光景に、俺は短く息を吐いた。
ファンタジー特有のレンガ造りの建物と、ルナミス帝国から持ち込まれたであろう無骨な魔導兵器や近代的な看板が入り混じる、混沌とした都市。
国境地帯特有のヒリついた空気と、商人たちの活気が入り混じっている。
「ペチッ、ペチッ」と健康サンダルを鳴らしながら歩くリリスの横で、俺は周囲の人間たちを観察した。
甲冑を着た聖騎士、魔導ライフルを背負った兵士、そして獣人たち。その多くが、どこか疲弊し、路地裏に座り込んで硬そうな黒パンや得体の知れない固形物を無表情でかじっている。
(……酷い有様だ。あんなものは『食事』じゃねえ。ただの『餌』だ)
三ツ星の厨房で腕を振るってきた料理人としての誇りと、祖父から刷り込まれた『上に立つ者(将軍)は民の飢えを座視してはならない』という奇妙な正義感が、心の奥で静かに疼く。
そんな時だった。
『♪ごえーん、ごえーん! ごえーん、ごえーん! ハイッ!』
広場の片隅から、透き通るような美しい歌声が聞こえてきた。
視線を向けると、古びた「みかん箱」の上に立ち、手作りのマイク(ただの木の棒だ)を握りしめて歌う一人の少女がいた。
海を思わせる美しい水色の髪に、儚げな美少女。彼女が『人魚姫』であることは一目でわかったが――その服装は、リリスといい勝負の『色褪せた芋ジャージ』に『健康サンダル』だった。
『♪絶対無敵のスパチャアイドル! 穴の数だけ、幸せあげる〜! ハイッ!』
彼女が渾身のウインクを決めて曲が終わる。
しかし、道行く傭兵や村人たちは見向きもせず、彼女の前に置かれた空き缶には、銅粒(1円玉)ひとつ投げ込まれなかった。
「……ありがとうございましたぁー……」
シュンと肩を落とし、みかん箱から降りた人魚姫は、広場のベンチにへたり込んだ。
そして、ジャージのポケットからゴソゴソと何かを取り出した。
「ふふっ……今日のメインディッシュは、パンの耳と……公園で摘み立ての、新鮮な雑草サラダですぅ……」
彼女は涙目で自分に言い聞かせるように呟き、パサパサのパンの耳に雑草を乗せて、大きな口を開けた。
「……おい」
「ひゃうっ!?」
俺が声をかけると、人魚姫はビクッと肩を跳ねさせ、パンの耳を胸に抱き抱えて警戒の目を向けた。
「あ、怪しい人! ア、アイドルは施しなんて受けませんからね! 私はこれでも、シーラン国の女王リヴァイアサンの娘、リーザなんですから!」
「栄養価ゼロ、原価もゼロ。そんな貧相なモンを食って、よくあんな声量が出せたな。胃袋が泣いてるぞ」
俺は嘆息し、金のオイルライターでLarkに火を点けた。
そして、ポケットから『エンジェルすまーとふぉん』を取り出し、手慣れた手つきでルチアナのクレカを起動する。
「お前らみたいなのを見過ごすのは、俺の流儀(天極流)に反する。少し待ってろ」
俺はアプリを開き、即座にカートへ商品を放り込んだ。
『高級食パン(一斤)』『特厚切りベーコン』『平飼い新鮮卵』『オーガニックレタス』そして『最高級マヨネーズと粒マスタード』。購入確定。
ポンッ!という音と共に、ベンチの横に新鮮な地球の食材と、簡易的な調理セットが出現する。
「えっ……? えっ……?」
戸惑うリーザの前で、俺はカセットコンロに火を入れた。
厚切りのベーコンをフライパンに乗せる。ジューッという暴力的な音と共に、豚肉の強烈な脂の甘い香りが広場に弾けた。
「あ、あうぅ……」
リーザのお腹が、広場中に響き渡るほど盛大に「ぐきゅるるるるっ!」と鳴った。
俺はベーコンの脂を利用し、新鮮な卵をふんわりとしたスクランブルエッグに仕上げる。
軽くトーストした高級食パンの片面に、粒マスタードとマヨネーズを混ぜた特製ソースをたっぷり塗り、シャキシャキのレタス、カリカリの厚切りベーコン、そして黄金色に輝くトロトロの卵を大胆に挟み込んだ。
パン切り包丁で半分にカットすると、断面から肉汁と半熟卵が滝のように溢れ出す。
「特製・極厚BLTEサンドだ。食え」
俺は完成したサンドイッチを、リーザの目の前に突き出した。
「な、なんて暴力的な匂い……! で、でも、私はアイドル……ファン以外の男の人から、こんな……」
「いいから食え。冷めるだろうが」
俺が少し凄むと、リーザは「ひっ」と短い悲鳴を上げ、震える両手で分厚いサンドイッチを受け取った。
そして、意を決したように大きく口を開け、かぶりつく。
「サクッ」という心地よいトーストの音。
次の瞬間、リーザの瞳孔が限界まで見開かれた。
「――っっっ!!!!」
溢れ出すベーコンの強烈な旨味と塩気。それを優しく包み込むトロトロの卵と、鼻を抜けるマスタードの酸味。スーパーの試食や廃棄弁当の味しか知らない彼女の脳髄を、三ツ星の技術で作られた『本物の食事』がダイレクトに殴りつけた。
「あ……あああ……!」
ポロポロと、真珠のような大粒の涙がリーザの頬を伝い落ちる。
「美味しい……美味しすぎますぅぅぅ!! パンの耳じゃないパンって、こんなにフワフワなんですかぁ!? ベーコンって、こんなに肉汁が出るんですかぁぁ!?」
顔中をソースと涙と鼻水でぐちゃぐちゃにしながら、リーザは狂ったようにサンドイッチを貪り食った。あっという間に完食し、指についたマヨネーズまで丁寧に舐めとる。
「……ごちそうさまでしたぁ……」
満腹になったリーザは、へにゃりとベンチに崩れ落ちた。
俺は携帯灰皿にLarkをしまい、「食ったなら、さっさと帰って寝ろ」と背を向けようとした。
しかし、その足首を、スライディングしてきたリーザがガシッとホールドした。
「ダ、ダーリン!!」
「……あ?」
「私、一生ついていきます!! 銀河の果てまで、あなた(の胃袋)についていきますぅぅ!! だから明日の朝ごはんもお願いしますダーリン!!」
「……」
俺はため息をつき、頭を掻いた。
リリスが隣で「わーい! ご飯仲間が増えましたねー!」とアホみたいに拍手をしている。
ポンコツ女神に、腹ペコ地下アイドル。
俺の異世界生活(という名の屋台経営)は、最初から波乱の予感しかしていなかった。




