EP 6
悪徳の宴へカチコミ
ルナミス帝国辺境・ザック男爵邸。
強固な城壁と魔導砲台で要塞化されたその屋敷の最奥では、下劣極まりない『悪徳の宴』が催されていた。
「ゲハハハ! 食え食え! ポポロ村から巻き上げた極上の『肉椎茸』だ! バター醤油の香りがたまらん!」
分厚い絨毯が敷かれた大広間。
ザック男爵は、はち切れんばかりの太鼓腹を揺らしながら、巨大な肉椎茸のステーキをフォークで突き刺し、豚のように貪り食っていた。
テーブルには『太陽芋』のグラタン、『ピラダイ』のカルパッチョ、そして最高級の『サケスキー』が所狭しと並べられている。
「閣下、クラウス指揮官の部隊から『MRE型では兵の士気が持たない、まともな食料を送れ』と再三の催促が来ておりますが……」
副官がヘラヘラと笑いながら報告する。
「捨て置け! 現場の兵隊なぞ、黄色い泥でも食って使い潰されるのが関の山よ! 浮いた予算は全て我々の懐と、ゴルド商会への投資に回す。それが賢い貴族の生き方というものだ! ゲハハハハッ!!」
飽食と強欲が煮詰まった、胸糞の悪くなるような空間。
――だが、その下劣な笑い声は、屋敷を揺るがす【爆音】によって物理的にかき消された。
ズドォォォォォォンッ!!!
「な、なんだ!? 何事だ!!」
ザックが手からサケスキーのグラスを取り落とす。
広間の扉がバンッと開き、顔を煤だらけにした私兵が転がり込んできた。
「て、敵襲ゥゥッ!! 正門の魔導防壁が、たった二人の襲撃者によって完全に突破されました!!」
「たった二人だと!? 相手は何者だ!!」
「あ、赤い鎧の女と……火を吹く竜人です!!」
***
数分前。男爵邸・正門前。
「……おいおい。腐っても貴族の屋敷だな。正門に『魔導防壁』まで張ってやがる。こりゃあ、俺様の斧でも少し骨が折れるぜ」
両手斧を肩に担いだイグニスが、青白く光るエネルギーの壁を見上げてニヤリと笑った。
「文句言わないの。優也の作戦通り、私たちがここでド派手に暴れて、屋敷中のヘイト(注意)を正面に集めるわよ。……私から奪った『武器のメンテ代』、きっちり身体で払わせてやるんだから!」
紅蓮のクリムゾンアーマーを纏ったダイヤが、背中のホルスターから『魔導式バズーカ』を引き抜いた。
【ウェポンズマスター】のスキルを持つ彼女の手にかかれば、複雑な魔導兵器も一瞬で最適解の火力を叩き出す。
「いくわよ……っ! 弾薬代の恨み、思い知りなさい!!」
キュイィィィン……ドゴォォォォォッ!!
ダイヤの放った魔導弾がシールドに直撃し、激しい火花を散らす。
防壁に亀裂が走った。すかさず、イグニスが大きく息を吸い込む。
「ハッ! 弾代がもったいねえなら、俺様のタダの炎で十分だァ!」
イグニスの口から、紅蓮の灼熱ブレスが放射される。さらに彼は、炎を纏わせた両手斧を頭上高く振り上げた。
「吹き飛べェ! 【イグニス・ブレイク】!!」
全闘気を乗せた斧の一撃が、亀裂の入った魔導防壁を完全に粉砕し、そのまま重厚な鉄の正門ごとスクラップに変えて吹き飛ばした。
「な、なんだこいつら!? バケモノか!!」
「撃てェ! 魔導ライフルの一斉掃射だ!!」
門の奥から、ザック男爵の私兵たち数十人が一斉にライフルを構える。
「ハッ! 弾幕が薄いぜェ!」
イグニスが両手斧をプロペラのように振り回して弾丸を弾き飛ばしながら、戦陣のど真ん中へ突撃していく。
「あんたたちみたいな給料泥棒に、私の【天魔竜聖剣】は届かないわよ!」
ダイヤもバズーカを放り捨て、抜剣。炎魔法と闘気を纏わせた刀身で、私兵たちの武器だけを的確に叩き斬っていく。
二人の圧倒的な暴力(ヘイト稼ぎ)により、屋敷の警備網は正面ゲートに完全に釘付けとなった。
***
「……ふふっ。お二人が頑張ってくれているおかげで、屋根の警備はスッカラカンですね」
その頃。
騒ぎの起きている正面ゲートから遥か上空。夜空に浮かぶ満月を背にして、一人の少女が屋根の上に音もなく舞い降りていた。
月兎族の村長、キャルルだ。
彼女は現代風のパーカーのフードを目深に被り、足元にはタローマン特注の『安全靴』を履いている。月の光を浴びた彼女の身体能力は、ハイ状態(超音速領域)へと突入していた。
「優也さんが言っていた『金庫室』は……確か、最上階の奥ですね」
彼女は天窓のガラスを、指先の闘気だけで音もなく溶かし切り、屋敷の内部へと侵入した。
廊下を音もなく駆け抜け、金庫室の前へ。
そこには、ザックの精鋭である重武装の護衛兵が四人、厳重な警戒態勢を敷いていた。
「ん? なんだお前は! どこから侵入し――」
護衛兵が魔導ライフルを構えようとした、その時。
「邪魔です。私、早くここを終わらせて、優也さんの作った『夜食』を食べに帰らないといけないんです」
キャルルの瞳から、一切のハイライトが消え失せた。
「――【月影流・乱れ鐘打ち】」
ヒュンッ!!
空気が爆ぜる音。
護衛兵たちが引き金を引くより早く、キャルルの身体がブレた。
マッハ1の超音速移動から放たれる、特注安全靴の連続回し蹴り。
「がぼァッ!?」
「ごべッ……!?」
物理法則を無視した破壊力が、重装甲の鎧ごと護衛兵たちの身体をくの字に折り曲げ、廊下の壁に深々とめり込ませた。
四人の精鋭は、悲鳴を上げる暇すらなく完全に意識を刈り取られた。
「ふぅ。靴が汚れちゃいました。優也さんに嫌われたらどうしましょう」
キャルルはコトリと床に降り立ち、懐から『エンジェルすまーとふぉん』(リリスから借りた通信用)を取り出した。
「ニャングルさん、リバロンさん。金庫室の前に着きました。これから扉を壊して、中の『帳簿』と『証拠』を回収します」
『(おおきに村長はん。準備は万端や。オルウェルはんの監査部への直通回線も繋いであるで!)』
「よし……っ!」
キャルルが金庫の分厚い鋼鉄の扉に、渾身の蹴りを叩き込もうと構えた。
――その時。
『チッチッチッ……。ネズミが入り込んだと思えば、まさか月兎族の小娘とはな』
廊下の奥から、地響きのような足音と共に、禍々しい魔力を放つ巨体が姿を現した。
「……っ!? あなたは……!」
キャルルがウサギの耳をピンと立て、警戒を露わにする。
そこに立っていたのは、ザック男爵の切り札。ゴルド商会の闇ルートから買い入れたと思われる、違法な生体改造を施された『鬼人族』の重戦士だった。
『我が主の金庫には、指一本触れさせんぞ』
鬼人が、巨大な金棒に圧倒的な闘気を込めて振り上げる。
(……マズいですね。この狭い廊下で、あの質量と闘気は……!)
キャルルがダブルトンファーを構え直した。
一方、大広間のザック男爵。
「ひぃぃっ! 鬼人! 鬼人はどうした! 早くあいつらを皆殺しにしろォォ!!」
恐慌状態に陥った豚が絶叫する中。
「……おいおい。他人の村のメシを食い散らかしておいて、お会計も払わずに逃げる気か?」
広間のバルコニーから。
月の光を背負って、白衣を風に翻し、愛刀『白雪』を肩に担いだ男が、静かに歩み出てきた。
優也の口の中で、コーヒーキャンディが転がる。
極上の悪党を【下処理】するための、三ツ星シェフの出番だった。




