EP 5
ポポロ暗躍部隊、結成
深夜。
営業を終え、固く暖簾を下ろした『三ツ星食堂・白雪』の店内は、紫煙と静かな熱気に包まれていた。
「……で? わざわざこんな真夜中にワイを呼び出して、なんの用でっか? 親父はん。こっちゃあ明日の相場の計算で忙しいんやけど」
カウンター席でポポロシガーを吹かしながら、財務担当のニャングルが不満げに猫耳を揺らした。
「そうおっしゃらずに。優也様が淹れてくださったこの『夜更けのブレンドコーヒー』、実に素晴らしい香りとコクですよ」
その隣では、人狼族の宰相兼執事・リバロンが、優雅な所作でコーヒーカップを傾けている。ルナミス執事検定1級の彼は、他人の店であっても姿勢に一切の隙がない。
さらに奥のテーブル席には、両手斧を傍らに置いて腕を撫でさする竜人のイグニスと、真剣な面持ちで天魔竜聖剣の手入れをする賞金稼ぎのダイヤ。
そして俺のすぐ隣(カウンターの内側)には、ウサギの耳をピンと立て、俺の袖をギュッと握りしめている村長のキャルルが陣取っていた。
「全員揃ったな」
俺はLarkの煙を換気扇に向かって細く吐き出し、カウンターに一枚の紙(手書きの屋敷の見取り図)を広げた。
「単刀直入に言う。明日の夜、国境沿いのザック男爵の屋敷にカチコミをかける。狙いは一つ。あの客にゴミを食わせ、村を脅かす豚男爵を、二度と立ち上がれねえように物理・法・経済の【三枚おろし】にすることだ」
「さ、三枚おろし……!?」
ダイヤが息を呑む。
「面白ェ!!」
イグニスがガタッと立ち上がり、両手斧を肩に担いだ。
「最近、ドカタばっかりで身体が鈍ってたんだ! あのクソみたいな『ゲロオムレツ』を作らせてる元凶だろ? 俺様のイグニス・ブレイクで、屋敷ごと黒焦げにしてやるぜェ!」
「待て、アホ竜。ただ屋敷をぶっ壊して殺すだけなら、後から帝国軍の本隊が『反逆罪』でポポロ村を焼き払いに来るだけだ。だから……こいつらの出番になる」
俺は、ニャングルとリバロンに視線を向けた。
「ニャングル。お前の『神眼』とゴルド商会のネットワークを使えば、あの男爵の隠し財産や裏口座の動きを把握できるか?」
俺の問いに、ニャングルはニヤリと口角を上げ、算盤をチャキッと鳴らした。
「舐めたらアカンよ、親父はん。ワイの目は誤魔化せへん。奴の資産の大半は、架空の商会を通した不正な魔石投資や。もし奴の屋敷にある『魔導裏帳簿』の原本さえ手に入れば、オルウェルはんの管理するL-Payのシステムホールを突いて、奴の口座を完全に凍結させた上で、全財産を空売りしてスッカラカンにできるで」
「上等だ。じゃあ『経済』の息の根はお前が止めろ」
俺は次に、執事のリバロンを見た。
「リバロン。お前、ルナミス帝国の貴族を社会的に破滅させた経験があるそうだな」
「ええ、まあ。前の主人はあまりにも無能で豚でしたから。……なるほど、私の役目は『法』と『社会』の抹殺ですね」
リバロンは紳士的な微笑みを浮かべたまま、恐ろしいことを口にした。
「男爵の横領と、ポポロ村への不法な徴税の証拠……それを美しくファイリングし、帝都のオルウェル内務卿の直属監査部へ、私独自の『パイプ』を使ってリークしましょう。帝国の法は絶対です。証拠さえ揃えば、男爵は軍法会議にかけられ、確実に【極刑】あるいは【強制労働(蟹工船行き)】となります」
「完璧だ」
俺は深く頷いた。
経済的な破滅と、法的な死刑宣告。この二つが揃えば、男爵という存在は社会から完全に消え去る。
「……でも、優也。その『魔導裏帳簿』と『証拠』は、男爵の屋敷の最奥にある厳重な金庫の中よ。そこに行くまでに、何十人もの私兵と、強力な魔導兵器が待ち構えてるわ」
ダイヤが不安げに屋敷の見取り図を指差した。
「だからこそ、お前ら『前衛(物理)』の出番だ。イグニス、ダイヤ、そしてキャルル」
俺が名前を呼ぶと、キャルルは俺の袖を引いたまま、ふわりと甘く、そして絶対零度の微笑みを浮かべた。
「優也さんのお店を汚して、ポポロ村の大切な食材を奪ったクズ……。私の『安全靴』で、頭蓋骨ごと粉砕してあげます♡ 優也さんに害をなす虫は、私が全部駆除しますからね♡」
(……相変わらずヤンデレの殺気が重いが、頼もしいことこの上ない)
「作戦はこうだ。明日の夜、男爵は巻き上げた極上食材で豪勢な宴会を開く。イグニスとダイヤが正面から派手に暴れて敵の注意を引きつけろ。その隙に、キャルルが屋根から侵入して金庫を破り、ニャングルとリバロンに裏帳簿をパスする。……で、俺は」
俺はコックコートの襟を正し、厨房の奥に立てかけてある愛刀『白雪』を一瞥した。
「お前らが取りこぼした親玉を、極上の料理人として『下処理』してやる」
全員の顔に、不敵な笑みが浮かんだ。
村を愛するウサギ村長、はぐれ者の竜人、貧乏な戦乙女、腹黒い執事に、金の亡者。
そして、神の財布を失ってもなお無敵の、三ツ星シェフ。
「よし。景気づけに夜食を食うぞ」
俺は厨房に戻り、あらかじめ仕込んでおいたシープピッグ(羊豚)の分厚い肉に衣をつけ、高温の油でカラリと揚げた。
それを香ばしくトーストした米麦草のパンに挟み、芳醇なソースの味が滴る『ソーリーフ』の葉をたっぷりとサンドする。
「『シープピッグの極厚カツサンド』だ。カツ(勝つ)を食って、明日の夜は豚野郎を屠るぞ」
サクッ、と衣の弾ける音と共に、極上の豚の脂とソースの旨味が深夜の店内に広がる。
悪徳男爵を地の底へ叩き落とすための、容赦なき【ポポロ暗躍部隊】。彼らの瞳には、確かな勝利と、美味いメシへの渇望が燃えたぎっていた。




