EP 4
定食屋の親父の「裏メニュー」
「おい! この店の主人はどこだァ!!」
『バンッ!』と乱暴に引き戸が開けられ、泥のついた軍靴が『三ツ星食堂・白雪』の清潔な床を踏み荒らした。
入ってきたのは、ザック男爵の副官と、下劣な笑みを浮かべた数人の帝国兵たちだ。
「ひぃっ!?」
「な、なんですかあなたたち!」
ホールでテーブルを拭いていたリリスとリーザが、怯えて厨房のカウンター裏へと隠れる。
副官は店内をぐるりと見渡し、厨房の奥で仕込みをしている俺に向かって傲慢にアゴをしゃくった。
「お前がここの親父か。ザック男爵閣下の名において、この店の『税務調査』を行わせてもらう! 隠してある酒と極上の肉を全部出せ! ……ああ、それから」
副官の視線が、震えるリリスとリーザを舐め回すように捉えた。
「そこの上玉二人も、閣下の宴会のコンパニオンとして『徴用』する。帝国軍への奉仕だ、光栄に思えよ!」
兵士たちが下卑た笑い声を上げながら、土足のまま厨房のカウンターへと近づいてくる。
「……」
俺はまな板の上で刻んでいたネギの手を止め、ゆっくりと包丁を置いた。
そして、濡れた布巾で手を拭きながら、冷たい視線を副官に向けた。
「営業中だ。土足で店を汚すな。それと、うちの従業員は賄いを食うのに忙しいんでな。他所でやれ」
「あぁん? 貴様、帝国軍人に逆らう気――」
副官が腰の剣を抜こうとした、その瞬間だった。
「やめなさいっ!!」
店の外から、息を切らしたダイヤが飛び込んできた。
紅蓮のアーマーをガチャガチャと鳴らし、涙目になりながら俺と帝国兵の間に立ち塞がる。
「優也、手を出さないで! こいつらを傷つけたら、ポポロ村全体が『反逆罪』に問われて、軍隊を差し向けられるわ! だから……だから、ここは私が……っ!」
ダイヤは屈辱に震えながら、自らの『天魔竜聖剣』を床に置き、副官に向かって頭を下げようとした。
村を守るためなら、自分のプライドも、この店の娘たちも犠牲にするしかないという悲痛な覚悟。
だが、俺はダイヤの肩をガシッと掴み、強引に引き起こした。
「ゆ、優也……?」
「バカ野郎。客がメシも食わずに土下座なんかするな。床が汚れるだろうが」
俺はダイヤをリリスたちの横へ押しやると、ため息をつきながらカウンターからホールへと出た。
「ハッ! 状況が分かってるじゃねえか。さあ、大人しく女たちと酒を――」
「なぁ。アンタら、『料理人』を舐めすぎだ」
俺は手に持っていた【濡れ布巾】を、ムチのように軽くしならせた。
「なっ――」
【天極流・小野派一刀流】の歩法『送り足』。
音もなく間合いをゼロにした俺は、副官が抜剣するより早く、濡れ布巾を彼の顔面に叩きつけた。
バチィィィンッ!!
「あべばッ!?」
布巾に含まれた水分と遠心力が、鋼の鞭のような威力を生み出し、副官の鼻骨を強かに打ち据える。
脳震盪を起こしてよろめいた副官の腕を掴み、そのまま【関口流柔術】の極意で手首と肘の関節を同時に極めた。
「ギャァァァァァッ!?」
「おいおい、気をつけろよ。床が『水拭き』したばかりで滑りやすくなってるぞ」
俺が冷酷に囁きながら関節を『外れないギリギリの角度』まで捻り上げると、副官は白目を剥いて床に崩れ落ちた。
「て、てめえ!! 帝国軍への反逆だぞ!!」
「やっちまえ!!」
残りの兵士たちが怒り狂って殺到してくる。
俺は近くのテーブルにあった『胡椒挽き(ペッパーミル)』を手に取り、迫る兵士の顔面に向けて、親指でガリッと大量の粗挽き黒胡椒を弾き飛ばした。
「ぐあああっ!? 目が! 目がァァッ!!」
「辛ッ!? 鼻が、あばッ!」
目潰しと強烈なクシャミで悶絶する兵士たちの膝裏を、革靴のつま先で的確に蹴り抜き、次々と床に這いつくばらせていく。
ものの十秒。一滴の血も流さず、剣の傷跡(証拠)も一切残さずに、帝国兵たちは全員床で呻く芋虫と化した。
「……おっと。不注意な客たちが、勝手に転んで怪我をしたらしいな」
俺は胡椒挽きをテーブルに戻し、ポケットのLarkに火を点けた。
「ひぃぃっ……! お、覚えてろよ! ザック男爵閣下に報告して、この村ごと火の海にしてやるからなァッ!」
鼻血を出した副官が、部下たちと肩を組みながら、這うようにして店から逃げ出していった。
「ゆ、優也……なんてことを……」
ダイヤが顔面を蒼白にさせて、その場へへたり込んだ。
「これでもうお終いよ……。男爵はこれを口実に、村に軍を差し向けてくる。武力じゃあの要塞化された屋敷は落とせないし、法的には向こうが絶対の権力を持ってるのよ……っ」
法律、軍事力、そして経済。
国家という強大なシステムを悪用されれば、いくらSランクの賞金稼ぎだろうが手も足も出ない。それがこの世界のリアルだ。
「……なるほどな。客にゴミ(ゲロオムレツ)を食わせて予算を横領し、村の美味い食材を独占した挙句、うちの店で暴れるか」
俺は紫煙を細く吐き出し、ポケットのコーヒーキャンディに指を触れた。
――ガリッ。
奥歯でキャンディを噛み砕く音が、静まり返った店内に響き渡る。
「法と権力を盾にしてる豚には、正攻法じゃ勝てねえか。……なら、こっちも『裏の仕込み』をさせてもらうとするか」
「う、裏の仕込み……?」
ダイヤが涙ぐんだ目で俺を見上げる。
俺はニヤリと、極めて悪役(経済ヤクザ)ライクな笑みを浮かべた。
「ダイヤ。お前が日頃から集めてる自警団の連中と……あと、あの『腹黒い執事』と『金の亡者の猫』に連絡を回せ。今日の深夜、この店に集合だ」
客の胃袋と命を弄ぶ悪徳男爵を、物理・法・経済の『三枚おろし』にするための、極悪非道な暗躍部隊の結成である。




