EP 10
【天界サイド】創造神、ドカタになる
カァーン! カァーン!
神聖なる神気と白亜の神殿が立ち並ぶ、天界セレスティア。
その西区画にある神殿修復工事の現場に、乾いたツルハシの音が虚しく響き渡っていた。
「……ッ痛ぁ! ちょっ、マメ! 掌にマメできたんだけどぉぉぉ!!」
桃色の芋ジャージに健康サンダル。その上に『安全第一』と書かれた黄色の反射ベストを羽織り、頭には白の工事用ヘルメット(なぜか若葉マークのシール付き)、首には汗拭き用の薄汚れたタオルを巻いた女が、涙目でツルハシを投げ捨てた。
アナステシア世界を創り出した最高神にして、永遠の17歳。
女神ルチアナ、その人である。
「あーもう限界! 無理! アタシ神様よ!? なんで創造神が、自分で創った世界の神殿を人力で砕いてんのよ! 冷えたルービー飲みたい! 月人君の配信見たいぃぃぃ!!」
地べたに座り込んで駄々をこねるルチアナ。
その背後に、スッ……と圧倒的な威圧感(神気)を纏った影が落ちた。
「……ルチアナ様。休憩時間はまだ15分も残っていますよ。手が止まっていますが?」
「ヒッ!?」
振り返ると、そこには腕を組み、冷酷な『現場監督』の目を向ける天使族族長・ヴァルキュリアが立っていた。彼女の背後には、逃亡防止のために聖槍グラニが突き立てられている。
「ヴァ、ヴァルキュリアちゃん……アタシ、もう腰が限界で……」
「ダメです。貴方が使い込んだ国費と、『謎の超高額請求』による負債を埋めるためには、あと半年はここで日雇い(時給:銀貨5枚)で働いてもらわないと割に合いません」
ヴァルキュリアの言葉に、ルチアナはガックリと項垂れた。
事の発端は数日前。
コタツ部屋でスマホ(神造器)をいじっていたルチアナの元に、一本の恐ろしい通知が届いた。
『クレジットカードのご利用が一時停止されました』
驚いて明細を開いたルチアナの目に飛び込んできたのは、目を疑うような購入履歴だった。
【Earth Net Store ご利用明細】
・スイス銀行刻印入 純金インゴット(1kg) ×5点 …… ¥50,000,000
――――――――――――――――――――――――
【今回のご請求予定額】 ¥53,880,000(※前回までの厨房設備代含む)
「ご、ごせんまん……っ!?」
見たこともないゼロの数に、ルチアナは泡を吹いて気絶した。
ネット通販で純金の延べ棒を5本も爆買いするなど、常人の(いや、神の)発想ではない。
その悲鳴を聞きつけて突入してきたヴァルキュリアに、ついにスマホの明細(と、ついでに裏でコソコソ課金していたソシャゲの履歴)を見られてしまったのだ。
『……ルチアナ様? この数千万の請求と、この「月人アイカツ・ガチャ天井」の履歴は……一体何ですか?』
『ち、ちがッ! アタシじゃないの! アタシのカードを誰かが不正利用して――』
ドンッ!!!
ルチアナの言い訳は、神殿の壁を粉砕するほどの、ヴァルキュリアの『マジギレ壁ドン』によって遮られた。
『五時間の正座説教で済むと思わないでください。……働け。その身を粉にして、国庫の穴を埋めなさい!!』
――そして現在に至る。
「うぅぅ……アタシの金貨……アタシの月人君のVIPチケット代がぁぁぁ……っ!」
ルチアナは軍手で鼻水を拭いながら、再び重いツルハシを持ち上げた。
「大体、どこのどいつよ!! アタシのカードで純金5,000万円分も買ったヤツ!! 錬金術師!? それとも悪徳商人!? 絶対に許さないんだからァァァッ!!」
カァーン! カァーン!
怒りと悲しみをツルハシに込め、ルチアナは岩を砕き続ける。
「はい、お喋りしない。次はあっちの資材を運んでくださいね。終わるまで『タロ・イーツ』の出前は禁止ですからね」
「鬼! 悪魔! 委員長のバカァァァッ!!」
天界の青空の下、創造神の悲痛な叫び声がこだましていた。
***
(一方、その頃。下界のポポロ村では――)
「……へっくしゅ!」
『三ツ星食堂・白雪』の厨房で、仕込みをしていた優也がふいに大きなくしゃみをした。
「どうしましたマスター? 風邪ですか?」
床掃除をしていたリリスが、不思議そうに首を傾げる。
「いや……誰か、俺の噂でもしてるのかもな」
優也は気にした風もなく鼻をすすると、競馬で大勝ちした金貨がパンパンに詰まった麻袋をポンと叩いた。
「ま、軍資金は腐るほどある。明日はまた、新しい地球の食材でも大量に『ポチる』とするか」
優也はニヤリと笑い、ポケットのLarkを取り出して金のライターで火を点ける。
紫煙を深く吐き出しながら、彼は今日も異世界の厨房(戦場)に立つ。
神の財布を握りしめた三ツ星シェフの無双(と、天界の借金地獄)は、まだまだ終わらない――。




