EP 8
祝勝会は『油ギトギトの焼き飯』で
「おお……! ここが親父の店か! 随分と綺麗に磨き上げられてるじゃねえか!」
「フッ。表のボロい看板からは想像もつかない、無駄のない見事な厨房だ。だが、本当にここで『体に悪いジャンクなメシ』が食えるのか?」
定休日の静まり返った『三ツ星食堂・白雪』。
二階からはリリスとリーザののんきな寝息が微かに聞こえてくる。俺はカウンター席にイグニスとルーベンスを座らせ、自分はコックコートを羽織って厨房に入った。
「ああ。上品なフレンチや魔皇国の宮廷料理じゃ味わえない、本能(胃袋)を直接殴るようなヤツを作ってやる。……酒は飲めるな?」
俺は冷蔵庫から、よく冷えたポポロ村特産の『イモッカ(度数37度)』の瓶と、キンキンに冷やしたグラスを取り出し、二人の前にドンッと置いた。
「酒!? 飲める! 飲むに決まってんだろォ! ドカタの後の酒は最高なんだよォォ!」
イグニスが目を輝かせてグラスに酒を注ぐ。
「……ほう。ポポロのイモッカか。悪くないチョイスだ」
ルーベンスもネクタイを緩め、上着を脱いでシャツ一枚のリラックスした姿になった。
二人が酒を煽っている間に、俺はまな板の前に立った。
『油ギトギトの漢の焼き飯』。
これを作るのに、高級な素材や複雑なスパイスは必要ない。必要なのは、極上の『脂』と『火力』、そして米粒一つ一つに油をコーティングする絶対的な『技術』だ。
俺が用意したのは、昨日炊いてあえて冷蔵庫で寝かせておいた『米麦草の冷や飯』。
そして、シープピッグ(羊豚)の腹肉から丹念に抽出した、純白の極上ラード。
具材はシンプルに、角煮の端切れ(チャーシュー)、ネギオから譲り受けたネギの青い部分、そして平飼いの新鮮な卵だけだ。
「行くぞ」
コンロの火力を最大まで引き上げる。
『ボォォォォッ!!』と青白い炎が上がり、厨房の温度が一気に跳ね上がった。
熱した鉄の中華鍋に、シープピッグのラードをたっぷりとお玉一杯分放り込む。
ジュワァァァッ!と音を立ててラードが溶け、獣脂特有の甘く暴力的な香りが立ち昇った。
「なっ……! なんだその脂の香りは!? 私がアバロン軍のレーション(ORP型)で食べている暗黒竜の炒飯とは、根本的な匂いの質が違う……!」
ルーベンスがグラスを持ったまま、目を見開いて厨房を覗き込んだ。
「へへっ……たまんねえ……! 匂いだけでイモッカが一杯空けられるぜェ……!」
溶けたラードが煙を吹き始めた絶好のタイミングで、溶き卵を投入。
油の中で卵がフワッと膨らんだ瞬間、間髪入れずに冷や飯をぶち込む。
ガシャッ! ガシャッ! ガシャッ!!
ここからが三ツ星シェフの腕の見せ所だ。
重い中華鍋を振るうたび、米粒が宙を舞い、炎の熱気とシープピッグのラードを全身に纏ってパラパラにほぐれていく。
天極流の体捌きを応用した無駄のない鍋振りは、冷や飯の水分を飛ばしつつ、卵とラードの膜で米を完璧にコーティングする。
そこに刻んだチャーシューとネギを一気に投入。
鍋の中で具材が踊り、さらに香ばしさが増していく。
「仕上げだ」
俺はお玉の裏で『醤油草』の特濃醤油と、少量の塩、コショウ、そして味の素(地球の通販)をすくい、アツアツの中華鍋の『肌』に直接ジュワッと回しがけた。
『バチバチバチバチッ!!』
醤油が鍋肌で一瞬にして焦げ付き、メイラード反応による究極の『焦がし醤油の香り』が爆発した。
ラードの甘み、チャーシューの肉汁、焦がし醤油の香ばしさ。それらが一体となった煙が、換気扇を無視して店内に充満する。
「お、おおおおお……っ!!」
「アカン……理性が……私の魔族としての理性が吹き飛びそうだ……ッ!」
二人がカウンターから身を乗り出し、涎を垂らしながら完全に理性を失いかけている。
俺は鍋を煽って焦がし醤油の風味を全体に馴染ませると、手早く二つの丸い皿に焼き飯を盛り付けた。
黄金色に輝く米粒。立ち昇る湯気。皿の底には、あえて少しだけラードの油が滲み出している。これぞ、深夜の胃袋を満たす背徳の結晶。
「お待ち。油ギトギト、『親父の特製ジャンク焼き飯』だ」
ドンッ! ドンッ!
目の前に置かれた山盛りの焼き飯を見て、二人はもはや言葉を発さなかった。
「い、いただきまあぁぁぁす!!」
イグニスがレンゲを握りしめ、まるで親の仇のように焼き飯をすくい上げ、大きな口を開けて放り込んだ。
「――――ッ!! う、うめェェェェェェェェッ!!」
竜人の若者は、目をひん剥いて絶叫した。
「なんだこれ!? 米がパラパラなのに、一粒一粒にすんげえ甘い脂が纏わりついてて……噛むとチャーシューの肉汁と醤油の香ばしさが脳天を直撃しやがる!! 俺様、こんな美味いモン食ったことねえ!!」
バクバクバク! と、イグニスは呼吸すら忘れたかのような勢いで皿の上の焼き飯をスコップのように胃袋へ流し込んでいく。
一方、魔族の貴公子ルーベンスは。
「…………」
無言で焼き飯を口に運び、咀嚼し、そしてスッと目を閉じた。
「……美味い」
ポツリと、その口から深い深い感嘆の吐息が漏れる。
「アバロンの宮廷料理人は、皆『上品さ』を気にする。油を控え、素材の味を活かそうとする。……だが違う。本当に身体が、魂が求めているのは、こういう『圧倒的な塩と脂(暴力)』なのだ。……ああ、ダメだ。レンゲが止まらん。ワインなど合わない。イモッカだ。この強烈な油を、キツい酒で流し込む……これが、これが私の求めていた『オヤジの至福』だ……!」
ルーベンスは、普段の気取った皮肉屋の面影を完全に捨て去り、イグニスに負けず劣らずの勢いでガツガツと焼き飯を貪り食い始めた。
「親父ィ! おかわり!!」
「マスター、私にもおかわりを頼む! 大盛りでだ!!」
「……はいはい。今日は定休日で特別だからな。好きなだけ食え」
競馬の勝利で手に入れた金と、胃袋の底から湧き上がる食欲。
『三ツ星食堂・白雪』のカウンターには、竜人も魔族も人間もない。ただ美味いジャンク飯と酒に酔いしれる、むさ苦しくも幸せな男たちの時間が流れていた。




