EP 6
休日の鉄火場と、純金のマネーロンダリング
『三ツ星食堂・白雪』、本日は定休日。
連日の激務(という名の戦場)をこなし、店の二階で泥のように眠るリリスとリーザを残し、俺は一人、朝のポポロ村のメインストリートを歩いていた。
「……たまには、外の空気(鉄火場)を吸わねえとな」
俺はポケットからLarkを取り出し、火を点けた。
吉宗公が市井を歩き、民の熱気と欲望の形を知るように。俺が今日向かうのは、このアナステシア世界において最も人間の『業』が煮詰まる場所――公営ギャンブル『ジオ・リザード競馬』の場外馬券(魔獣)売場、もといポポロ村・野外コロシアムだ。
情報を集めるには、ああいう熱狂の渦に身を置くのが一番早い。
だが、鉄火場に向かうには『軍資金』が必要だ。ルナミスの電子決済(L-Pay)も普及し始めているらしいが、やはり博打の基本は、手の中で重みを感じる現金(金貨)に限る。
俺は路地裏の物陰に入り、『エンジェルすまーとふぉん』を取り出した。
「さて……最高神様のブラックカード、今日は少しばかり『現金化』させてもらうか」
ネット通販アプリを起動し、『貴金属・投資用インゴット』のカテゴリを開く。
カートに入れたのは、スイス銀行刻印入りの【純度99.99%(フォーナイン)の純金インゴット・1kg】を5本。
価格はおよそ5,000万円。
購入ボタン(一括払い)をタップした瞬間、足元にズンッ!という重い音を立てて、眩い黄金の延べ棒が出現した。
(天界のルチアナがまた悲鳴を上げているだろうが、まあいい。これは俺の福利厚生と情報収集費だ)
重い純金を魔法ポーチ(タローマートで購入済)に放り込み、俺はそのまま村の『財務・不動産管理所』へと向かった。
***
「……へ? 兄さん、換金してほしいモンがあるって……ウソやろ?」
カウンターの奥。
ポポロ村の財務担当、ニャングルは、俺がゴトッ、ゴトッとカウンターに並べた5本の金の延べ棒を見て、完全にフリーズしていた。
ニャングルの猫耳がピーンと逆立ち、『神眼』が限界まで見開かれている。
彼は震える手でルーペを取り出し、インゴットの表面をなめるように確認した。
「な、なんやこの純度は……! ドワーフの最高峰の錬金術師でも、こんな不純物ゼロの【黄金】は精製できへんぞ!? しかもこの均一な成形、見たことのない刻印……! 兄さん、これ一体どこで……!?」
「裏のルート(ネット通販)だ。出処は気にするな。……で、金貨何枚になる」
俺が冷たく言い放つと、ニャングルは滝のような冷や汗を流しながら算盤を弾き始めた。
パチパチパチパチパチパチッ!! 尋常ではない速度で弾かれる珠。
「い、今の相場と、この異常な純度を考慮して……手数料を引いても、金貨5,000枚(約5,000万円)や……っ! ひ、ヒィィッ! ワイの手元にこんな額の現金は――」
「無いなら、今ここにある分だけでいい。残りは預け金として帳簿につけておけ」
俺の言葉に、ニャングルは「あ、悪魔や……この男、経済の悪魔やでぇ……」と半泣きになりながら、金庫からズッシリと重い革袋をいくつか取り出してきた。
「まいどあり……。兄さん、ホンマに何者なんや……」
「ただの定食屋の親父だ」
俺は革袋を魔法ポーチにしまい、呆然とするニャングルに背を向けて管理所を後にした。
よし、これで軍資金(物理)の準備は完璧だ。
***
「そのまま差せェェェッ! 赤のサンダーボルトォォ!!」
「バカヤロウ! なんでそこでブレス吐くんだよ! 失格になるだろ!!」
ポポロ村の北端に位置する野外コロシアム(中継施設)。
巨大な魔導スクリーンには、ルナミス帝国の帝都で開催されている『ジオ・リザード(地竜)競馬』の激しいレース映像が映し出され、土埃と安酒、そしてポポロシガーの匂いが入り混じった熱気が渦巻いていた。
二本足で大地を蹴り、時に炎を吐きながら疾走する恐竜型の魔獣たち。
それに騎乗する竜騎士たちの高度な駆け引き。
それを固唾を飲んで見守り、紙切れ(馬券)を握りしめて絶叫するオジサンたち。
「……なるほど。ファンタジー世界でも、鉄火場の空気ってのは変わらねえな」
俺は売店で冷えた『魔導ビール』と『ルナミス新聞・競馬予想版』を買い、観客席の後方、柵に寄りかかれる見晴らしの良い場所を陣取った。
新聞を広げ、次の第7レースの出走表に目を通す。
血統、過去の戦績、騎手との相性、そして本日の天候と馬場(魔場)状態。
(……情報が偏りすぎている。新聞の『本命(◎)』に人気が集中しているが、この地竜の過去のデータを見ると、今日のような『湿った土』の日は、コーナーでの減速(グリップ力低下)が著しい。原価計算(オッズの期待値)が全く合ってないな)
日商簿記1級で培った圧倒的なデータ分析力と、料理人としての『気温と湿度がもたらす影響』への嗅覚。
それらを組み合わせた結果、俺の目は、オッズ100倍を超える大穴……『8番:サイレント・シャドウ』という地竜に釘付けになっていた。
「よし。こいつの単勝と馬連に、金貨50枚(50万円)だ」
あっさりと予想を終え、ビールを喉に流し込んだその時。
「クソッ……! なんで俺様が、こんな所で小銭握りしめて地竜のケツなんか見てなきゃならねえんだ……! 英雄になるはずだったのによォ……」
俺のすぐ右隣で、両手斧を背負った赤い鱗の竜人の若者が、外れ馬券を破り捨てながらギリギリと歯ぎしりをしていた。
さらにその逆、俺の左隣では。
「……フッ。やはり大衆の予想に踊らされるのは愚か者のやること。本質を見抜かなければ、勝利の美酒は味わえんよ」
上質なスーツに身を包んだ、初老の渋い男が、優雅に細身の煙草を吹かしながら、手元の的中馬券を見て皮肉げに笑っていた。魔族特有の隠しきれない気品と、どこか親父臭い哀愁が同居している奇妙な男だ。
腐腐る若き竜人と、余裕を見せる魔族の貴公子(お忍び)。
そして、神の金で大穴を狙う三ツ星シェフ。
「……面白くなりそうだな」
俺はLarkに火を点け、紫煙を吐き出しながら、魔導スクリーンに映る第7レースのファンファーレに耳を傾けた。




