EP 5
ヒロインたちの試食会(ヤンデレの圧)
ホールに漂う、暴力的なまでのスパイスの香り。
俺は三つのディナー皿をトレイに乗せ、テーブルでヨダレを垂らして待機しているリリスとリーザの前に、コトン、コトンと二つのカレーライスを置いた。
「わぁぁ……! ルーがキラキラ光ってますぅ!」
「お肉が……お肉がゴロゴロ入ってますよダーリン!!」
二人がスプーンを握りしめ、今にも皿にダイブしそうな勢いで歓声を上げる。
だが、リリスがふと、トレイに残った『三皿目』のカレーを見て首を傾げた。
「マスター? そのもう一つは、誰の分ですか?」
「……もうすぐ来る」
俺が壁掛け時計に視線を向けた、まさにその時だ。
「――っ! 優也さんっ!!」
『バァァァァンッ!!』と、店の引き戸が物理法則を無視した勢いで吹き飛ぶかのように開け放たれた。
そこに立っていたのは、息を乱し、人参柄のハンカチを握りしめた村長・キャルルだった。ウサギの耳が、危険を察知したレーダーのようにピンと真っ直ぐ立っている。
「村役場で書類の処理をしていたら、突然、脳髄を痺れさせるような暴力的な匂いが窓から入ってきて……! はっ!? リリスにリーザ! あなたたち、優也さんの【新作】を私より先に食べようとしてましたね!?」
「「ひぃぃぃっ!?」」
キャルルの瞳孔からハイライトが消え、月影流の凄まじい殺気が店内に充満する。
俺は短くため息をつき、三皿目のカレーを空いている席に置いた。
「騒ぐな、キャルル。お前の分もちゃんと用意してある。冷める前に座れ」
「あ……はい♡ 優也さんが私のために作ってくれたんですね♡」
さっきまでの殺気はどこへやら。キャルルは一瞬で満開の花のような笑顔になり、いそいそと俺が引いた椅子に腰を下ろした。これで試食係の三人が揃ったわけだ。
「さあ、食ってみろ。うちの新しい看板メニュー『ポポロ・スパイスカレー』だ」
俺の合図と共に、三人が一斉にスプーンをカレーの海へと沈め、ライスと共に掬い上げて口へと運んだ。
「――っっ!!?」
次の瞬間。
三人の動きが、ピタッと完全に静止した。
最初に反応を示したのは、パンの耳と雑草で命を繋いできた人魚姫・リーザだった。
「あ、あ、あああ……っ!」
彼女の大きな瞳から、ポロポロと真珠のような涙がとめどなく溢れ出す。
「お口の中で、味のオーケストラが爆発してますぅぅ!! クミン? コリアンダー? 分からないけど、すっごく複雑で爽やかな香りが鼻を抜けて……そこに『たまんねぎ』の底なしの甘みと、『シープピッグ』の野性味のあるお肉の旨味がガツンと来て……!!」
リーザは泣きながら、狂ったように二口目、三口目を掻き込む。
続いて、天界の(元)パシリ女神、リリスが天を仰いだ。
「はふっ、はふっ……! スパイスの刺激で身体がポカポカしますぅ! なのに全然辛すぎなくて、フォンドボーのコクが全部を優しく包み込んでて……! ご飯(米麦草)の炊き加減も最高で、ルーと絡んで無限に食べられちゃいますぅぅ!!」
そして。
特等席でカレーを口にしたキャルルは、両手で頬を押さえながら、うっとりとした、それでいて極めて危険な(ヤンデレ特有の)表情を浮かべていた。
「……はぁぁ……♡ 優也さんの、深くて、熱くて、刺激的な味が……私の胃袋の底まで、じわぁっと広がっていきます……。人参マンドラも、あんなにうるさかったのに、優也さんの手にかかればこんなに柔らかく、従順な甘みになるんですね……」
キャルルはうっとりとカレーを咀嚼し、ペロリと唇についたルーを舐めとった。
「本当に……最高です。これさえあれば、もう回復魔法なんていらないくらい、細胞の隅々まで力がみなぎってきます。……でも」
ふと、キャルルのスプーンが止まり、彼女の瞳がスッと細められた。
「優也さん。これ、新しい『看板メニュー』にするって言いましたよね?」
「ああ。提供速度も早く、客の胃袋を確実に掴める。粗利率も申し分ない。これからの白雪の主力だ」
俺が答えると、キャルルはガタッ!と立ち上がり、俺のエプロンの胸元を両手でギュッと掴んだ。
「ダメです!! こんなもの、外の男や女たちに食べさせたらダメです!!」
「おい、どうした急に」
「こんなに美味しいもの……こんなに優也さんの『愛』と『力』が詰まったものを食べたら、皆、優也さんの虜になっちゃうじゃないですか!! 絶対に許しません! 優也さんのカレーは、私だけのものです! 私が毎日鍋ごと買い取りますから、メニューに出すのは禁止です!!」
独占欲をむき出しにして、涙目で抗議してくるキャルル。
(背後でリリスとリーザが「また始まった……」という顔でカレーを掻き込んでいる)。
俺はポケットからLarkを取り出し、火を点けた。
紫煙をふっと彼女の顔の横へ吐き出し、エプロンを掴む彼女の小さな手に、自分の大きな手を重ねる。
「……あのな。俺は料理人だ。美味いメシを作って、腹を空かせた客(民)に食わせるのが仕事なんだよ。それを一人の女に独占されたら、三ツ星の看板が泣くってもんだ」
「うぅ……だって、優也さんが他の女の人に『美味いか?』って笑いかけるなんて、想像しただけで嫉妬で狂いそうです……っ」
「安心しろ。どんなに客が増えようが、この店で一番美味い『出来立ての最初の一皿』は、いつもお前の席(カウンターの奥)に用意しておいてやる」
俺がそう言って頭をポンと撫でると、キャルルは「ひゃうっ」と短い悲鳴を上げ、顔をりんごのように真っ赤に染めた。
「さ、最初の一皿……! い、いつも、私のためだけに……♡」
「ああ。だから、このカレーで村の経済を回すのを邪魔しないでくれよ、村長さん」
「……はいっ♡ 私、優也さんのために、村の仕事もっともっと頑張ります!!」
完全に毒気(ヤンデレの暴走)を抜かれ、幸せそうに椅子に座り直してカレーの続きを食べ始めるキャルル。
とりあえず、最大の障壁(身内)の説得には成功したようだ。
「マスター! おかわり! 大盛りでおかわりお願いしますぅ!」
「ダーリン! 私も! このルーだけでも舐めさせてくださいぃ!」
騒がしい試食会は、鍋が空っぽになるまで続いた。
そして、俺はその日の夕方、ついに『ポポロ・スパイスカレー』を正式にメニューの札に書き加え、店の表に掲げた。
その強烈な匂いに釣られて、店の外にはすでに各国の兵士や冒険者たちが、ゾンビのような顔をして大行列を作っていた。
(……フッ。これで、この村の胃袋は完全に俺の支配下だ)
俺は満足げにLarkを吹かしながら、戦場への扉を開け放った。
明日はいよいよ店の定休日。
稼いだ金を元手に、少しばかり『鉄火場』の空気を吸いに行くとするか。




