EP 3
漢の葉巻と、狂気の収穫祭
ポポロシガーの極上の紫煙が、初秋の風に乗って農場に溶けていく。
俺と樹人・ネギオは、しばらくの間、静かに葉巻の煙を燻らせていた。
「……美味いタバコだ。脳の芯からリラックスできる」
「だろ? ルナミスの成金どもが札束積んで買いに来る代物だからな。そんじょそこらの葉っぱとは格が違うぜ」
ネギオは得意げに笑い、短くなった葉巻を灰皿代わりに用意した石の窪みに押し付けた。
「さて、一服終わったなら仕事の時間だぜ、シェフ殿。お前さんが欲しがってる『人参マンドラ』と『たまんねぎ』……あいつらは一筋縄じゃいかねえ。手伝ってやってもいいが?」
「いや、俺の料理に使う食材だ。仕入れ(収穫)は自分の手でやるのが三ツ星の流儀だ」
俺はポポロシガーを携帯灰皿にしまい、前掛けの紐をキュッと締め直した。
「ギャァァァァァッ!!」
「待てェ! 今日の夕飯のおかずになれェッ!」
少し離れた畑では、オレンジ色の二本足を高速回転させて爆走する『人参マンドラ』と、それを追いかける農家のおじさんの死闘が繰り広げられていた。
その速度、推定時速60キロ。野生の猪並みのスピードと、絶えず発せられる鼓膜を劈くような奇声。普通の料理人なら、捕まえる前に精神が参ってしまうだろう。
だが。
「……無駄な動きが多いな。あんな走り方じゃ、筋肉(繊維)に乳酸が溜まって味が落ちる」
俺は低く腰を落とし、【小野派一刀流】の歩法『送り足』の構えをとった。
狙うは、俺の正面へ向かってUターンしてきた極太の人参マンドラ。
「ギャァァァ――!?」
突如目の前に現れた俺に驚き、人参マンドラが急ブレーキをかけようとした。
遅い。
俺は地を滑るように間合いを詰めると、左手で人参の頭(葉っぱの根元)を正確に鷲掴みにした。
「ギギィィッ! ギャァァッ!」
激しく暴れ、俺の腕を二本足で蹴り上げようとする人参。
しかし、俺はその反撃を許さない。右手で人参の『急所(へこみのある部分)』を捉え、【関口流柔術】の極意をもって、植物の神経節(に該当する部分)へ正確に圧をかけた。
TCCC(戦術的戦闘救護)の人体構造学を応用した、対象を一切傷つけずに気絶させる技術――名付けて『人参絞め(スリーパーホールド)』だ。
「ギャ、ギュ…………」
数秒後。
白目を剥いた人参マンドラは、ピクピクと痙攣した後、完全に脱力して沈黙した。
「よし。これで繊維を傷つけず、最高の鮮度を保ったまま調理できる」
「…………お前」
背後でネギオが、ドン引きしたような顔で俺を見ていた。
「なんだ」
「……いや。俺も長いこと生きてるが、野菜に関節技キメて気絶させる奴は初めて見たぜ。お前、本当に料理人か?」
「三ツ星の、な」
俺は気絶した人参マンドラを、スマホ通販で取り寄せておいた『業務用クーラーボックス』に放り込んだ。
「さて、次は『たまんねぎ』だな」
俺たちは農場のさらに奥、少し土がこんもりと盛り上がった区画へと足を踏み入れた。
『ゲヘヘ……たまんねーなオイ! このエルフの姉ちゃん、すんげぇ太ももしてやがるぜ……グヘヘヘ!』
土の中から、泥酔したオッサンのような下劣な笑い声が聞こえてくる。
見れば、半分土に埋まった玉ねぎたちが、器用に葉っぱを動かして『ルナミス新聞・日曜版(袋とじ付き)』や『月刊グラビア・エルフ』などの怪しげな本を広げ、熟読しているではないか。
「……本当に、この世界の生態系はどうなってんだ」
「言ったろ? 厄介だってな。あいつら、あの『本』を読んでる間は土に根をガッチリ張ってやがって、ワイバーンの力でも引っこ抜けねえんだ」
ネギオの言葉通り、試しに農家のおじさんが玉ねぎの葉っぱを引っ張っていたが、「邪魔すんじゃねえ! 今いいトコなんだよ!」と怒鳴られ、逆に土に引きずり込まれそうになっていた。
「なるほど。なら、力ずくじゃダメってことだ」
俺はゆっくりと歩み寄り、一番丸々と太り、一番いやらしい顔でエロ本を読んでいる特大の『たまんねぎ』の前に立った。
『ゲヘヘ! おっ、兄ちゃんも一緒に読むか? このサキュバスの特集、たまんねーぞォ!』
「いや、遠慮しておく。……それより、時間だ」
俺は、【天極流】の神速の抜刀術の動きで右手を閃かせた。
狙うは玉ねぎでも、根でもない。
バサッ!
「あ?」
俺の手には、たまんねぎが今まで熟読していた『月刊グラビア・エルフ』が握られていた。
『……え?』
たまんねぎが、空っぽになった自分の葉っぱを見つめる。
「没収だ」
俺が冷酷に告げた瞬間。
たまんねぎの周囲の空気が、まるで世界の終わりを迎えたかのように色褪せた。
『俺の……俺の生きがいが……俺の、エルフちゃんが……』
ショックで瞳孔が開き、口から魂のような白い煙を吐き出すたまんねぎ。
深い、深い絶望。
そして数秒後――急激な虚無感のどん底に落ちた玉ねぎの表情から、一切の『煩悩』が消え去った。
『…………ふっ。色即是空、空即是色。所詮、現世の欲望など幻に過ぎぬ』
たまんねぎの顔が、悟りを開いた高僧のような、穏やかで清らかな表情(賢者モード)へと変貌を遂げた。
同時に、彼から放たれていた親父臭い匂いが消え、代わりに極上の甘い香りが漂い始める。
自らの煩悩を捨て去ったことで、内部の辛味成分が全て糖度に変換されたのだ。
『……我を食すがいい、料理人よ。この身を捧げ、衆生を救おうぞ』
スポッ。
賢者モードに突入したたまんねぎは、自ら土から抜け出し、俺の手の中へとふんわりと収まった。
「……見事な成仏(糖度)だ。美味く調理してやる」
俺は神妙な顔で玉ねぎをクーラーボックスに納めた。
「…………」
ネギオが再び、無言で天を仰いでいた。
「どうした、ネギオ」
「いや……お前のその、躊躇いなく他人の生きがい(エロ本)を奪い去る冷徹さ……マジで悪魔みてえだなと思ってよ。だが、見事な手際だ」
ネギオはニヤリと笑い、俺の肩を軽く叩いた。
これで、カレーに必要な極上素材は全て揃った。
「ネギオ。最高の野菜を譲ってくれた礼だ。完成したら、お前にも一皿持ってきてやる」
「ハッ、言うじゃねえか。三ツ星シェフのカレーとやら、楽しみに待たせてもらうぜ」
クーラーボックスを抱え、俺は『三ツ星食堂・白雪』への帰路についた。
(地球の極上スパイスと、賢者モードのたまんねぎ。……とんでもないバケモノ(カレー)が産まれそうだ)
俺の口角は、料理人としての期待感で自然と吊り上がっていた。




