function.006(“無情な決断”);
あの森林火災から一夜が明けた。
火元は誰かが野宿をした際の火の不始末だったことがわかった。
そのことを聞いたカイとシリルは少しホッとした。
ロストワードの実験が原因じゃないことに。
それでもまだ心が落ち着いていなかった。
昼過ぎ、カイの家のリビングに重苦しい空気が漂っていた。
四人の大人が集まり、テーブルの上座には父エドアルドとラルフが座っている。
二人は緊張した面持ちでうつむき加減のまま黙っていた。
カイは心音が部屋に響き渡っているように感じていた。
シリルは落ち着こうとして深呼吸を何度もしていた。
沈黙が重く垂れ込め、二人の息の音が部屋に響く。
エドアルドとラルフの視線がカイとシリルを突き刺す。
カイは無意識に唾を飲み込んでいた。
沈黙が続く中、落ち着いた声でエドアルドが喋りはじめた。
「カイ、昨日あそこで何をしていたんだ?」
「……」
カイは口をつぐんでいた。
ここでロストワードのことを話してしまうと、禁止されてしまうかもしれないと考えていた。
『話せない……
絶対にロストワードのことは……』
カイが応えないまま沈黙が続いていた。
堪りかねたシリルが口を開いた。
「ま……魔術の練習をしていたの」
シリルの声はか細く震えていた。
テーブルの下で、ぎゅっとスカートを握りしめていた。
「シリル……、あっ……」
話を遮ろうとしたカイだったが、シリルはそのまま話を続けた。
「あの……私が……うまく魔術が使えなかったのを……
カイが手伝ってくれて……
それでね……それでうまく使えるようになってきたの。
だからその後も……二人で、練習をって……」
一生懸命に説明をするシリル。
シリルもカイの気持ちは分かっていた。
核心をつくところは隠しつつ、ありのままを話した。
ただ焦りもあって、話が途切れ途切れになっていた。
カイはシリルの言葉を心臓を掴まれるような思いで聞いていた。
「森で魔術の練習か?
なんであんなところでコソコソとやることがあるんだ?」
ラルフが娘の言い分にケチをつける。
娘を危険に晒された怒りがこみ上げて言葉が荒くなる。
「練習なんか家でも十分できるだろ!
ったくもう……」
強い言葉にビクッとするカイとシリル
その様子を見ていたシリルの母エスメラルダがラルフを宥める。
「あなた……落ち着いて」
ラルフはまだ興奮気味だったが、エスメラルダが肩に手をやると、少し落ち着き始めた。
エスメラルダはそのままカイたちの方を向くと優しく包み込むような声で話始めた。
「シリル、それにカイも聞いて。
お父さんたちに聞いたのだけど……
あなたたちがいた場所にはものすごい量の水があったらしいわね。
私が教えている魔術は初級のものなの。
とてもじゃないけど、そこまで出るものでもないのよ」
カイもそのことは理解していた。
通常では考えられない量の水があの場にあったことが知られている以上、
下手な言い訳は出来ないとは思っていた。
だからあえて黙っていたのだった。
ただ、それでやり過ごせるとは思っていなかった。
それでもカイは禁止されるのを恐れて話せずにいた。
「……」
「カイ、あなた男の子でしょ?
黙ってないで、何か言ったら?」
カイの母クレアが少しイライラして話に割って入ってきた。
「クレア~……
そんな言い方したら話せるものも話せないわよ」
エスメラルダはクレアのおでこをちょこんとつつく。
「痛っ……」
クレアはおでこを押さえて屈みこんでしまう。
エスメラルダはそれを見て見ぬふりをして、カイたちの目の前に歩いてきた。
「うーん、そうだなぁ……
じゃあ、きちんと話してくれたら、怒らないから」
「エスメラルダ……
それは怒るための前兆だぞ」
クレアは屈んだままエスメラルダにツッコミをいれた。
「クレアは黙ってて。
カイ、シリル。
ほんとにほんと。
私も怒らないし、お父さんたちも怒らせないから」
「えっ……」
父親二人が同時に声をあげる。
不満そうな二人にエスメラルダが鋭い目を向ける。
「……はっ……はい」
その目つきに父たちは肯定する以外なかった。
「ねぇ、これで大丈夫。
カイも話せるね」
手をパチンと叩いたエスメラルダは、カイの顔を覗き込んだ。
エスメラルダは軽く笑みを浮かべたが、その瞳の奥からは得体のしれない迫力が滲み出ていた。
カイもどうするのがいいのか考えに考えたがうまく躱せる方法が思いつかなかった。
これ以上、考えてもいい案は出てこないだろうと感じていた。
『これはもう話すしかないか……』
観念したカイは、唇を震わせながらボソボソとした声で話を始めた。
「あの……以前父さんから貰った古書なんだけど……
実はあの本……魔術言語が書いてあって……」
「えっ……まさか……
もしかしてあの時の古書か?」
エドアルドがその時の事を思い出して驚愕する。
「うん……そう……」
それは5年くらい前のこと――
いつもと変わらず各地を巡って買い付けの旅から帰ってきた時だった。
その本は買い付けた遺跡からの出土品に混じっていた。
他の品には商品としての価値を見出していた。
ただ古書は何が書いてるかわからなかったし、売れても飾りとしてだろうと思っていた。
それを読んだカイが珍しくねだってきたのだった。
売れないと思っていたエドアルドは古書をいとも簡単にカイに渡したのだった。
今、思えば、あの時の欲しがりようは尋常ではなかった。
中身が分からないからとはいえ、軽々しく渡すべきではなかったのかもしれない。
得も知れない後悔がエドアルドの頭によぎっていた。
「俺が渡さなければこんなことに……」
頭を抱えるエドアルドに、クレアは立ち上がって寄り添う。
その様子を見つつも、カイは話を続けた。
「あの本、昔の魔術言語らしくて……
それが面白くて、夢中になって読んでいたら、試したくなって……
いろいろと試すとまたいろんなことが分かって……
楽しくなって、また読んでを繰り返していたんだ……」
「それで、シリルを巻き込んだのか!」
ラルフが怒気を含んだ言葉でカイに詰め寄った。
娘を危ない目に合わせたことが許せないといった気持ちだった。
カイもその勢いにビクッと身体が震えていた。
しかし、その間に手を広げたシリルが割って入ってきた。
「カイは悪くない。
私も一緒になってやったんだから、私も同じだよ」
魔術が使えるようになったのもカイのおかげだと感じていた。
このロストワードに触れて魔術が使えるようになってきたからこそ、
カイの実験にも付き合っていたのだった。
「はい、あなた。
怒らないって約束よね」
ラルフの襟元を掴んだエスメラルダはグイっと引っ張り、カイから引き離した。
「カイ、続けて」
エスメラルダは話をそのままするようにとカイに促した。
「黙っていてごめんなさい。
でも、この本、ロストワードのことをもっと知りたくて、夢中になってしまって……」
知らせずにいたことを素直に謝るカイ。
無我夢中になって周りが見えなかったことを悔いていた。
「しかしなぁ……
いくら夢中だからといって、していいことと悪いことがある」
エドアルドは自身の軽率な行動が発端とはいえ、このロストワードは危険だと感じていた。
それに、このことを魔術協会が黙って見ているとも思えなかった。
明るみになったら、どんな難題がカイたちに及ぶのか分かり切っていた。
「僕が悪いんです。
ごめんなさい。
それでも、ロストワードを、僕から取り上げないで……」
やっとの思いで夢中になれるものを見つけたカイは、ロストワードがなくなる未来だけは考えられなかったし、考えたくもなかった。
とにかく今後も使わせて欲しいとエドアルドに懇願した。
エドアルドは悩んでいた。
カイが夢中になっていたものを取り上げてよいものかと。
それでも、子供たちを守りたい思いが強かった。
『このまま続ければカイは必ず危険な目に遭う……
しかし、子の生きがいを奪うのも父としてどうなのか……』
葛藤するエドアルド。
しばしの沈黙が続く。
息を呑むカイとシリルには、その時間が永遠に感じる。
長い長い沈黙のあと、エドアルドが重い口を開き始めた。
「やっぱりこの魔術は危険だ……
今後一切使うことは禁止する」
カイはその言葉が落ちた瞬間、崩れ落ちる。
頭の中が真っ白になり、胸が締め付けられ、呼吸すら忘れてしまいそうだった。
世界の色がすべて消え去り、ただ暗闇だけが広がっていった。
カイはただ果てしない暗闇の中へ落ちていくのを感じた。
第6話までお読みいただきありがとうございます!
「怒らない」という約束からの、あまりに重い「禁止命令」。
親としての愛ゆえの判断ですが、カイにとっては世界の終わりにも等しい宣告でした。
かつて職場で居場所をなくし、ようやく異世界で見つけた「自分のコード」。
それを失ったカイは、ここからどう立ち上がるのでしょうか。
そして、彼を守ろうとしたシリルの想いは……。
次回の第7話は、本日12:00に更新予定です!
GW集中更新、本日2回目のお昼の更新もぜひ見届けてください。
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