function.032(“夢のような場所(ところ)”);
お昼の活況が過ぎ、徐々に人がまばらになっていく黒鉄の鉄鍋亭。
外の扉には『クローズ』と書かれた看板が垂れ下がっていた。
「ふぅ……
待たせて悪かったな」
スカーレットはエプロンを取り外しながら、カイたちが座るテーブルへとやってきた。
「いいえ。
こちらこそすみません。
忙しい時にお邪魔して」
シリルは立ち上がって頭を下げる。
カイもシリルに釣られて立ち上がって軽く頭を下げた。
「ちっ……
いいんだよ、こんなばばぁのことなんか。
忙しくったって、話ぐらい聞ける時間ぐらい作れるだろ。
いつまでも待たせやがって……」
ぶちぶちと文句をいうライコス。
スカーレットはその言葉を受けても、にこやかな表情を崩さなかった。
「こっちだっていろいろとやらなきゃいけないことがあるんだよ。
お前ひとりの忙しさに付き合っている時間はないんだよ。
こっちはわざわざ遠くから来てるんだぞ。
俺たちの方を優先しろってんだ」
ライコスはさらに文句を重ねている。
スカーレットは眉間をピクピクとさせながら、言葉が止まるのを待っていた。
「相変わらず口が悪いね、ライコス!
いい年してるんだし、S級なんだから、自覚を持って行動しろって言っているだろ。
周りの模範となってな……」
スカーレットはライコスの態度が気になったようで説教をし始めた。
「あぁ、もういい。
だからお前には会いたくないんだって。
それに、俺がピーマン嫌いなの分かっているだろ!
あんなに大量に入れやがって……」
ライコスはバンと机を叩くと立ち上がり、スカーレットを睨んでいる。
「坊ちゃん、嬢ちゃんの前なら格好つけるお前なら食べるかと思ってな」
ライコスの睨みもまったく聞いていないスカーレットは、ライコスの肩に手を置くと、力づくで座らせた。
「ふんっ……
嫌いなもん、意地でも食うか!」
肘をついてそっぽを向くライコス。
その姿はまるで子供のようだった。
カイやシリルの前では、二人を導くような言動に終始していた姿とは正反対だった。
『文句を言っているのに、関係が壊れる気配がない。
きっと、ライコスさんが素でいられる相手なんだ』
カイは二人のやり取りを見ながら、関係性を分析していた。
「それで、話はなんだい。
嫌いな自分のところまで、ライコス、お前が来た理由は……」
スカーレットはライコスの横にドカッと座り話題を変えて、話しを切り出した。
「お前も連絡を貰っているだろ。
この二人をここの遺跡に連れて行って欲しいとあいつらに頼まれているから来んだよ」
ライコスは肘をついたままスカーレットに顔を向けずに事情を話した。
「あぁ、そうだった、そうだった。
エスメとクレアから手紙が来ていたね」
スカーレットはにこやかに応対しながらも、ライコスの肘をペシッと叩く。
頬杖をついていたライコスはバランスを崩してしまった。
ライコスはスカーレットを見上げながら睨んでいるが、スカーレットは全く気にしていない。
「よろしくお願いします」
シリルは立ち上がると直立不動になって、深々と頭を下げていた。
その横でカイは座ったままスカーレットを見つめていた。
「そっちの坊ちゃんは、遺跡には行かないのかい?
何も言ってこないけど」
そう言われたカイはゆっくりと立ち上がり
「お願い……します……」
小さな声でお願いをすると軽くお辞儀をした。
そして、頭を上げた瞬間――カイの視線が、奥の薄暗い部屋に吸い寄せられた。
そこにあった棚に雑然と積み上げられた、古めかしい装丁の背表紙。
『……えっ……
あれは……
まさか……?』
カイはそのまま動かなくなり、思考が全てその部屋へと持っていかれた。
「はい、きちんと出来たね。
わかった。
では、早速明日でいいかな?」
にこやかな顔になったスカーレットは、サムズアップをしていた。
「はい!」
シリルも満面の笑みでそれに応えていた。
「あんた!
明日、この二人を遺跡に連れていくけどいいか?」
大きな声で厨房に声をかけるスカーレット。
そこにはスカーレットより一回り大きい男の人が立っていた。
その男は何もしゃべらないまま、親指を立てていた。
「旦那の許可も取ったし、明日の朝から行くよ。
冒険者ギルドに来な」
スカーレットが明日の待ち合わせ場所と時間を言っていると
「お前が行くなら、俺は不要だな。
明日は別行動させてもらうわ」
ライコスはカイたちをスカーレットに任せようとしていた。
「何を言うんだい。
ライコスはこの二人の護衛だろ。
その分報酬もらっているんだから、ついてくるのは当たり前だろ。
自分はあくまでも案内役であって、護衛じゃないんだから」
ライコスの首根っこを掴むと、コンコンと説教を始めた。
「うるせぇ、ばばぁ!
お前一人で護衛も十分だろ」
悪態をつくライコスに
「護衛としての自覚をお持ち!
自分がついていけないこともあるんだから。
お前さんがきっちりとこの遺跡を覚えてもらわないと困るんだよ」
スカーレットは一喝して、ライコスを窘めている。
「ちっ……わかったよ。
ついていけばいいんだろ、ついていけば」
納得がいかないライコスは再び頬杖をついていた。
それを見たシリルは、口を押さえて笑いを堪えていた。
そんなやり取りをしている中、カイの視線はずっと奥の暗い部屋へと向いていた。
「どうしたの、カイ?」
上の空のようなカイにシリルが話しかける。
「ちょっとね……」
カイはそう言うと、スカーレットに確認をし始めた。
「あの……
あの奥の部屋……
何があるんですか?」
カイが初対面の相手に対して自分から話しかける姿にシリルもライコスも我が目を疑った。
「カイ!?」
二人がハモるように声を上げる。
その様子を見ていたスカーレットは不思議そうに二人を見ながら、カイの質問に答えた。
「あぁ、あれかい。
ここに来る冒険者たちが、買い取ってもらえなかった本を置いていったものさ」
スカーレットが話し終わるや否や
「もしかして……
遺跡の中にあったものですか?」
立て続けに質問をするカイ。
シリルとライコスはその姿に再び驚愕した。
「あぁ、そうだよ。
あわよくば金になるかもって取ってくることがあるんだけど……
やっぱり二束三文にしかならなくて、捨てるに忍びないからってここに置いていくのさ。
ここはゴミ箱じゃないんだけどね」
スカーレットは苦笑いしながら、本が置いてると言う薄暗い部屋を見つめた。
「それでも捨てるには勿体ないから、あの部屋に置きはじめたんだけど……
そうしたら、みんながどんどん置いていってね。
今ではあんな感じさ。
坊ちゃんは古い本に興味があるんかい?」
その部屋を指さしながら、カイに確認する。
「はい、大好きです。
見せていただいてもいいですか?」
笑顔で答えるカイ。
「あぁ、かまわないよ。
あんなんで良かったら、好きなだけ見な」
スカーレットの許可が出た瞬間、カイは弾かれたように立ち上がった。
丁寧すぎるほどの深々としたお辞儀を決めると、かつてないトップスピードで奥の部屋へ爆走していった。
そんなカイを見て、シリルとライコスは苦笑いをするしかなかった。
「なに、あの坊ちゃんはそんなに本が好きなんかい?」
カイの行動が理解できないスカーレットの頭にはクエスチョンマークしか浮かんでこなかった。
「スカーレットさん、ごめんなさい。
カイが興味があるのはある一部の本で……
それを探しにこっちに来たんです。
ここ最近上手く見つからなかったから、気になっちゃったんだと思います」
ペコペコと頭を下げたシリルはカイを追って薄暗い部屋に入っていった。
「……ライコス、お前、だいぶ大人になってたんだな……
あれと上手くやっていってるのか?」
両手を広げて首を傾げるスカーレット。
「お前に言われなくても前から大人だったよ!」
スカーレットのツッコミに返すライコスだったが、
「それでも、あの知識欲が、あいつのいいところだよ」
カイの良さをスカーレットに伝えた。
「やっぱり、お前、大人になったよ」
他人を素直に褒めるライコスにスカーレットは驚いた様子でそう話した。
「なんでそこなんだよ!
うるさいわ、このばばぁ!」
子ども扱いされたライコスはスカーレットに再び悪態をついていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
人見知りで口数の少ないカイが、古書を見つけた瞬間に見せたかつてないトップスピード……!
本のことになると一瞬でスイッチが入るカイと、なんだかんだで「あの知識欲があいつのいいところ」と認めているライコスの関係性が最高ですね(笑)。
宝の山(?)を見つけたカイのリアクションや、ライコスの意外な大人ぶりにクスッとしていただけましたら、ぜひ評価やブックマーク登録で応援していただけると励みになります!
次回の更新もどうぞお楽しみに!




