function.025(“緊急事態”);
「ごめんなさい……ライコスさん……
どうしよう……
カイ、どうしよう……」
シリルは青白い顔でブルブルと震えている。
「シリル、落ち着いて。
まずはいつもの回復魔術を使ってみよう」
ライコスはうずくまってはいるものの、まだ意識はあるようだ。
「……ライコスさん……
大丈夫……ですか……
何が……あった……のですか……」
緊急事態だと認識したカイは、勇気を振り絞って自分からライコスに声をかけた。
「くっ……
わりぃな……
油断した……
あいつに……」
足の傷はそこまで大したことはないように見えたが、明らかにそれに見合う容態ではなかった。
「ねぇ、カイ。
全然ヒールが効かないよ。
きちんと動いてるはずだけど……」
懸命にヒールをかけるシリルの手元を確認するカイ。
既存の魔術であるヒールは中身が見えないものの、術式はきちんと動いているように見えた。
『これは毒の類かな……
ライコスさんが以前言っていたように……』
ライコスが持っているカバンを開けて中身を確認する。
しかし、ライコスが倒れた加減か、いくつか持っていた毒消し薬などの小瓶が割れていた。
「ねぇ、どうしよう、カイ、どうしよう。
私のせいで……
ライコスさんが……」
慌てふためいているシリル。
魔力の制御が不安定になってしまい、ヒールがうまく起動していない。
「落ち着いて、シリル。
何があったの?」
「あのね……私が部屋の外に出たらね……
このポイズントレントが出てきたの……
私……びっくりしちゃって……
そしたらね……ライコスさんがきて……私を庇ってくれて……
直ぐに……ライコスさんが倒してくれたんだけど……」
涙目になりながらシリルは状況を説明しているが、ところどころ言葉が詰まってしまう。
「わかったよ。
ありがとう、シリル。
教えてくれて」
カイはシリルの頭をポンポンと叩きながら、状況を整理する。
『ライコスさんが受けたのはポイズントレントの毒。
確かポイズントレントの毒は魔術が効きにくかったはず。
当然それを分かっているライコスさんは、もしもに備えて毒消し薬を持ってきていた。
でも、それは全部割れてしまっている』
カイも冷静に考えているが、今のところ打開策が見つからない。
『遺跡もだいぶ奥に入ってきている。
ここからライコスさんを担いで街に向かっても……
ライコスさんほど詳しくない僕たちじゃ時間がかかってしまう』
少し焦りを感じたカイは、手に持っていた本を両手に持つと額に軽く当てる。
『何か策はあるはずだ……』
そのまま本をずらしておでこの前に持ってくる。
目の前にきた本の文字が目に入る。
……光素……を用いた生体……ジェクトの例外制御……
「あっ」
珍しく大きな声をあげたカイに、シリルはビックリする。
「わぁ、どどどどどどうしたの?」
「ごめん。
ちょっとぶっつけ本番だけど、これしかない」
カイは手に持っていた本の目次を確認する。
第3編:外部因子インジェクションへの例外処理
『このページだ』
急いでページをめくる。
ページを開き終わると、上から読み始める。
とにかく早くしなければとの思いが先に立つカイは、重要そうな所以外は読み飛ばしていく。
『ここさえ押さえておけば動きそうだ。
あとはぶっつけ本番だけど……やるしかない!』
カイが強く念じると、目の前にはこの世界ではあり得ない青白いディスプレイが展開される。
同時に手元には前世で数千万回と触れてきたキーボードが浮かび上がる。
カイは実体のないキーボードに手を置くと躊躇いなく打ち始める。
カタカタカタカタ――
カイの脳内に心地よいキーボードを叩く音が響き渡る。
頭の中で組み上げていたコードがディスプレイに表示される。
ブラインドタッチで目にもとまらぬ速さで魔術を組み上げていく。
鬼気迫る顔をしているカイに、シリルはただただ見守るしかない。
「カイ……」
一度手を止め、コンパイルを始める。
(…………
…………
Error:型が一致しません。
Error:未定義の変数があります。
Error:認識できない型が使われています。
…………
ビルド完了:エラー
)
チカチカと赤く点滅する文字にカイはいらだつ。
「くそっ……」
横に置いてある本を開くと、ページをめくったり、戻したりしながらおかしいところを確認していく。
『ここか……
ここの型を見間違えていたのか……
あと、こことここも認識が違っていた……』
カイは冷静に見ていたつもりだったが、焦って読んでいたことに気づく。
「ふぅっ」
落ち着かせるために一息つくと、ディスプレイに向き直し、再びキーボードを叩き始める。
カーソルが勢いよく動き始めると、瞬時にエラーとなっている箇所へと移動する。
まるで命が吹き込まれた生物のように、新たな文字が生みだしていく。
指先が熱を帯びるほどの超高速タイピングの末、カイは大きな動作で最後にキーをパンと叩いた。
『これでエラーは直った。
今度こそ……
通れ!』
(…………
…………
…………
ビルド完了:正常)
カイの目の前に正常に組みあがったことを示すグリーンの文字が浮かび上がる。
『ふぅ……
これで最低限の解毒は出来るはず』
安堵の表情を浮かべたカイは出来立ての魔術をシリルに手渡す。
「シリル、これを使って」
「えっ?」
出来上がった魔法陣を受け取りつつも、呆気に取られるシリル。
「さっき見つけた本、ちょうど回復魔術だったから、急いで創ってみた」
何事もなかったように冷静に話すカイに
「えーっ!
そんなに直ぐに出来るものなの?」
シリルは大きな声を出してビックリしていた。
「急造だし、それに最低限の解毒だけ……
たぶん上手くいくはずだけど、時間がない。
一発本番で悪いけど……」
カイはシリルの背中を押すとライコスの近くに連れていく。
シリルも覚悟を決めて
「うん、分かった」
ライコスの足の傷の上に手をかざすと
「デトックス」
受け取った魔術を恐る恐る使いはじめた。
カイのことは信じているものの、ライコスにもしものことがあった場合を考えると手の震えが止まらない。
カイはその震える手を掴み、シリルの顔を見て少しだけ微笑んだ。
シリルはカイの笑顔を見ると落ち着きを取り戻し、魔術へ集中しはじめた。
白い光が複雑に絡まる魔法陣をゆっくりとなぞっていく。
その光はその模様が見えなくなるほど眩しい光だった。
そして、すべてが満たされた魔法陣からは神々しい光の粒子が傷口へと集まっていく。
するとライコスの苦悶の表情も消えていった。
傷口も完全に閉じ、何事もなかったように綺麗になっていた。
『あれ……おかしい……
確か解毒作用だけのロストワードを使ったはずなんだけど……』
カイは自分の想定外の動きをする魔術に頭が混乱する。
シリルの魔術が終わる頃にはライコスはすっかり元気を取り戻していたが、カイの表情は曇っていくばかりだった。
「俺は確かポイズントレントの毒を受けたはず……」
ぼーっとしているライコスに
「良かったー」
シリルはホッとした表情を浮かべていた。
カイも安堵はしたものの、自分の想定より遥かに高性能な機能になっていた魔術に
『おかしい……
ビルドは正常だったはず。
記述ミスは起きてない。
だとすると仕様の見落としをしたのか……
それとも……』
と考えながらずっと頭の中でグルグルとコードを追っている。
そして肝心なことに気づく。
『あっ、しまった……
デバッガで見るの忘れていた……』
自分のミスに気づくカイはさらに落ち込んだ表情になった。
「やっぱりカイは凄いね!
こんな短時間でこんな凄い魔術、創っちゃうなんて!」
ピョンピョンと跳ねたシリルは満面の笑顔でカイに抱きついていた。
しかし、カイの表情は最後まで晴れなかった。
第25話をお読みいただき、ありがとうございました!
ポイズントレントの毒で倒れたライコスさんを救うため、カイが挑んだ緊急構築&ビルド!
「型が一致しません」
「未定義の変数があります」
という絶望のエラー画面から、超高速タイピングでエラーを潰し、グリーン(正常)の文字が浮かんだ瞬間は手に汗握る展開でした!
シリルの決意とカイの技術で見事にライコスさんの救出に成功……と思いきや、カイの表情はなぜか曇ったまま。
「解毒だけのつもりが傷まで完治している」
「焦ってデバッガを動かさずに実行して、ログが取れなかった」
という、エンジニアなら経験する冷や汗もののミスに落ち込むカイでした。
無事にライコスさんも元気になり、試作魔術『デトックス』も大成功(?)!
「緊急リリース大成功!」
「カイ、デバッガ忘れは現場あるあるだよ!」
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