function.012(“父母の想い”);
翌朝、シリルはクレアのベッドで目を覚ました。
窓から朝日が差し込んで眩しいくらいだった。
「うーん」
ベッドの上で座ったまま背伸びをしたシリル。
昨日の涙で顔は腫れぼったい感じがした。
それでも心は、嘘みたいに軽くなっていた。
夜遅かったこともあり、昨晩はそのままカイの家に泊まっていた。
もちろん、クレアはラルフとエスメラルダに連絡をして、了承を得ての事だ。
腕を降ろしたシリルは、横にクレアがいないことに気がついた。
トントントントン――
包丁の音と、香ばしいパンの匂いが部屋に漂ってくる。
「……お腹、鳴っちゃった」
その音に自分でも驚いたシリルは、顔を赤らめて両手でお腹を押さえた。
カイに聞かれたようで、なんだか恥ずかしい。
急いで着替えたシリルはリビングへ向かった。
「おはよう、シリルちゃん」
にこやかな笑顔でシリルを迎えるクレア。
「おはようございます、クレアさん」
シリルはカイの家にいることに、なんとなく気恥ずかしさを感じながら挨拶を返した。
「悪いんだけど、カイを起こしてきてくれる?」
「あっ、はい」
急いでリビングを後にしたシリルはカイの部屋の前に立った。
カイの部屋には何度も立ち入っているが、今日は特別な感じがする。
コンコン――
「カイ、朝ごはんだって」
「うん、わかった。
今すぐ行く」
そう声がしてから数分も立たずにカイは自分の部屋を出てきた。
そして、カイとシリルは一緒にリビングに向かった。
リビングの扉を開けるとにんまりした顔のクレアがいた。
「どうだい、カイ?
シリルちゃんに起こされた気分は?」
クレアの顔はますます笑顔になっている。
その顔をみてシリルは恥ずかしくなり顔を真っ赤にした。
「なんだよ……
別に……」
カイも恥ずかしくなり、仏頂面になって、言葉少なに答えていた。
「初々しいねぇ、新婚さんみたいで、朝から甘いわぁ」
クレアは畳みかけるようにからかいを続けた。
「……」
「……」
二人は押し黙ってしまい、なんともいえない空気が流れていた。
「ちょっとからかい過ぎたかな。
この話題はこれぐらいにして、早く朝食食べなよ」
茶目っ気のある笑顔で話を切り替えるクレアを、カイはジト目で見つめていた。
シリルはさらに顔を真っ赤にして下を俯いていた。
朝食を食べ終わると三人でシリルの家へ向かっていった。
朝の優しい木漏れ日と涼しい風がシリルの心を包んでいた。
木々のざわめきも、シリルの決意を後押ししてくれているようだった。
しばらくリラックスして歩いていたシリルだったが、だんだんと顔が強張ってきた。
シリルの胸の奥で、何かがぎゅっと締めつけられているようだった。
歩を進めるたびに、逃げ出したい気持ちと向き合う覚悟がせめぎ合い、やがて一歩が重くなっていく。
そして家の玄関の前に着く頃には、足が前に進まなくなっていた。
「ふぅーっ」
大きくため息をして、玄関を開けようとしたが、躊躇してしまう。
その様子を静かに見守っていたクレアは無理に急かそうとはしなかった。
「いいのよ、自分のタイミングで」
クレアは静かに微笑んだ。
カイは無言でシリルの肩をポンと叩いた。
その顔は真剣そのものだった。
『カイとクレアさんが一緒なんだ。
私は一人じゃない』
また大きく深呼吸をしたシリルは、扉の取っ手に手をかけて、中に入っていく。
二人もその後ろについていった。
「た……ただいま……」
リビングのテーブルには父のラルフと母のエスメラルダが座っていた。
ラルフは険しい顔をしてだまっている。
エスメラルダは
「お帰りなさい」
と優しく声をかけた後、後ろにいたクレアと話し始めた。
「シリルがご迷惑をかけてしまって、ごめんなさいね」
「ううん、大丈夫だよ。
気にしないで。
こっちもシリルちゃんといろいろ話せて楽しかったわ」
重苦しい空気を気にしてか、笑顔で振舞うクレア。
「そんなことより、ちゃんと話をしようか、シリルちゃん」
立ち尽くすシリルの背中を押して、一歩前へと進ませた。
「あの……昨日は……ごめんなさい」
感情的になって家を飛び出したことを反省したシリルは頭を下げた。
ただ下げた頭をすっと戻すと、そのまま話を続ける。
「お父さん、お母さん……
私はやっぱり……
カイと一緒にロストワードを頑張りたい。
……
あれだけ魔術が出来なかった私が……
使えるようになったのも……
ロストワードのおかげ……
ロストワードが無かったら私の今は無かったの。
私の中で……
それだけ……
かけがえのないものになっているの……
だからお願い……
カイの……研究を手伝わせて……ほしいの」
シリルは頭の中で精一杯考えたことを両親に伝えた。
とぎれとぎれになりながらも、最後まで気持ちを言えたシリルの目からは涙が溢れだした。
カイは隣で、ただ黙ってシリルの言葉を聞いていた。
シリルの口から紡がれる一言一言に確固たる決意を感じていた。
一方、ラルフは目を伏せてシリルを全く見ていない。
目線の先には自身の握りしめた拳があった。
その拳は微かに震えていた。
エスメラルダはにこやかな表情を崩さずにシリルを見つめ、
出てくる言葉の一つ一つを噛みしめて聞いていた。
だが、笑顔の奥に、かすかな迷いが揺れた。
しばらくの沈黙が続いた後、ラルフが口を開く。
「……シリル、お前の覚悟はわかった。
でもな……まだ子供なんだ。
焦るなって。
時間はまだたくさんあるだろう?」
そう言うとシリルを心配そうに見つめる。
それにエスメラルダが続く。
「そうよ。お父さんの言う通りですよ。
あなたの人生は始まったところですし……
それにたった2年よ。
2年経てばカイは学校に入るため戻ってきますわ。
それまでの辛抱だから……」
変わらぬ笑顔のエスメラルダだったが、声はわずかに震えているのを感じた。
二人は頑なに反対をする。
一人娘を危険に晒すことなんか出来ない。
いずれ自分たちの元を離れるにしても、まだその時期ではない。
そんな想いを心に抱いていた。
シリルは感情を抑え込みながら、二人を見つめていた。
目からは自然と涙が溢れてくる。
その涙を両腕で拭いながらも、父母を見つめることを止めなかった。
またしばし静けさが続いた。
リビングの窓には時折風があたり微かに震えていた。
その震える音が妙に大きく聞こえていた。
「すみません、ラルフさん、エスメラルダさん。
私からお話いいでしょうか?」
静寂を破りカイが二人に話しかけた。
ラルフは無言でうなずき、エスメラルダもそれに続いた。
「あの、実は以前からシリルの魔術のことで違和感を感じていました。
暴走後に試した魔術で僕が見たのは、ところどころに光る黄色い光でした。
あれは魔力が制御を離れかけている兆候だと考えています。
だから……また暴走する危険があるかもしれません」
カイの突然の報告に驚くラルフとエスメラルダ。
シリルもクレアも初めて聞く事実に目を見開いていた。
「仮に暴走した時に、僕がそばにいれば、助けることが出来ます。
僕がサポートすれば、暴走を予防することも出来るかもしれません。
ですから、僕が近くに居たほうが、シリルにとっても安全だと思います。
それに……僕はもう、シリルをひとりで危ない目にあわせたくないです」
カイは淡々と事実を伝え、自身が防波堤になることを訴えた。
「しかしだな……」
ラルフは行くにしても留まるにしても、どちらも危険があることに戸惑い、言葉が詰まる。
それにシリルがようやく魔術を使えるようになったことで、生き生きとしていたことも知っていた。
留まるのであれば、その魔術を取り上げないといけないかもしれないと思うと、迷いが出てくるのだった。
「そうですね……
カイくんが言うことも一理ありますわ。
でも旅も危険が伴います。
そこがある程度緩和されるのであれば……」
エスメラルダはカイの話を受け入れつつも、旅の危険が解消されている訳ではないと思っていた。
その危険が取り除かれない限りは許容出来ないと考えていた。
「旅の危険は確かにエスメラルダさんの言う通りで、返す言葉もありません」
そこの部分はごまかしても仕方ないと感じたカイは正直に危険性を認めていた。
カイの言葉に、リビングの空気が一層重く沈んだ。
誰も次の言葉を見つけられない。
そんな中……
「えーっと、それなら提案があるんだけど……」
クレアが話に入ってくるとは思っていなかったエスメラルダは少しムッとする。
「何よクレア、私たちの娘の事に首ツッコんできて」
「ごめんね。でもさ、昨日シリルちゃんと話して、少しでも助けになればと思っちゃって」
エスメラルダに対して手をあわせてウインクするクレアはそのまま話を続けた。
「遺跡を探索する時は冒険者ギルドに護衛を依頼するってどうかな?」
「えっ?
でもそれだけじゃ、どんな護衛が来るか……」
ギルドに依頼すればそれなりの冒険者は手配してくれるだろうが、
どこの馬の骨ともわからない人に娘を任せることは出来ない。
エスメラルダはそう反論をしようとしたところに、クレアが耳打ちをする。
『私たちのかつての仲間に護衛させるっていうのはどう?
それなら、少しは安心でしょ?』
茶目っ気のある笑顔でまたウインクをするクレア。
エスメラルダはしばらく黙って考えた。
目の奥に、迷いと安心が入り混じる。
『そうですわね……
あの人たちであれば実力も人としても優秀ですからね。
適任かもしれませんわ』
かつての冒険を思い出したエスメラルダは、
あの仲間だったら娘を安心して預けられると思い直した。
「わかりましたわ。
私はそれでいいですわ。
……娘が自分で選んだ道ですものね」
とあれだけ抵抗したのが嘘のようにあっさりと許可を出す。
それに対して、ラルフは
「エスメラルダ……
それでお前はいいのか?
俺はちょっと……」
娘を手元に置きたいと考えているラルフは抵抗をする。
「何か言いまして、あなた?」
エスメラルダは鋭い目つきでラルフを睨みつけた。
「いえ……
あの……
しかし……
心配だからさ……」
まだ抵抗をするラルフ。
あまりにも情けない顔をするので、エスメラルダは
「わかりましたわ。
心配であれば、定期的に私たちに手紙を送ること。
これも条件にします。
これでいいですね、あなた」
とシリルに旅の途中で随時連絡を送ることも条件に加えた。
「……はい」
逆らえるわけもないラルフはエスメラルダの条件にしぶしぶ同意した。
急な展開にシリルは
「えっ?
いいの?
本当にいいの?」
驚きを隠せなかった。
「いいわね。
私たちが出した条件は必ず守ること。
あとはカイくんに任せたわ。
引くところは引くようにね」
シリルに条件を念押ししたエスメラルダは、その後の事はカイにお願いをした。
「はい、わかりました」
カイはラルフとエスメラルダの想いをしっかりと受け止めた。
そして、シリルを守る覚悟を持つのだった。
翌朝――
夜明けの光が差し込む中、旅立ちの支度が静かに始まった。
第12話までお読みいただきありがとうございます!
「私はやっぱり、カイと一緒にロストワードを頑張りたい」
とぎれとぎれになりながらも、自分の言葉で想いを伝えたシリルの覚悟。そして、彼女の安全を技術的な視点から守ろうとするカイの誓い。二人の強い絆が、ついに両親の頑なな心を動かしました。
かつての仲間を護衛につけるという条件付きではありますが、ついに「外の世界」への扉が開かれます。
親離れ、子離れの寂しさを抱えつつも、子供たちの未来を信じて送り出すラルフとエスメラルダの姿には、書いているこちらも胸が熱くなりました。
次回の第13話は、本日20時頃に更新予定です!
GW延長戦、いよいよ物語は「旅立ちの朝」を迎えます。
住み慣れた家を離れ、二人が最初に向かう場所とは……?
連休最後の夜、彼らの新たな門出をぜひ見届けてください!
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