託す
フェリオンは、椅子から、ゆっくりと立ち上がった。
古い書棚の奥、一見、何の変哲もない、木製の飾り板に、手をかける。
小さく、力を込めると、カチリ、と音がして、板が、外れた。
その奥に、小さな空洞。
中には、革張りの、古びた巻物が、一つ、収められていた。
「……これが」
フェリオンが、慎重に、巻物を取り出す。
「私が、里から、持ち出したものだ」
机の上に、丁寧に、広げる。
古代エルフの文字が、びっしりと、記されていた。
ティナが、息を呑みながら、覗き込む。
「……読めるか?」
「一部だけ」
ティナが、慎重に、文字を追っていく。
「……『竜の血を、鎮める、三つの調べ』」
「『血、月、そして、意志』」
「調べ、というのは」
ユノが、聞く。
「儀式に使う、術式のこと、だと思う」
ティナが、慎重に、答える。
「単なる、封印の呪文じゃない」
「もっと、複雑な、条件が、揃う必要がある」
フェリオンが、頷いた。
「その通りだ」
「封印を、完全に、解くには」
「三つの、鍵となる、人物」
「そして、特定の、時期――満月の夜」
「さらに、封印の中枢にある、術式の、起動」
「その、全てが、必要になる」
「起動には、この、巻物が、必要ってことですか」
セファルが、鋭く、聞く。
「……そうだ」
フェリオンの声が、重くなる。
「巻物がなければ」
「たとえ、三つの鍵が、揃ったとしても」
「封印は、解けない」
その言葉に、部屋の空気が、少しだけ、緩んだ。
「……つまり」
ガインが、慎重に、言葉を選ぶ。
「この巻物さえ、守り切れば」
「最悪の事態は、防げる」
「理論上は、な」
フェリオンが、頷く。
「だが、油断は、できない」
「ゾルドが、既に、私の元を、突き止めている」
「次に、狙われるのは、時間の問題だ」
「もっと、安全な場所に、移すべきでは」
ユノが、提案する。
「どこが、安全だと、言うんだ」
フェリオンが、静かに、聞き返す。
「里に、戻すのは?」
ティナが、聞く。
「今更、戻せば」
「私が、また、罰を受けるだけだ」
「それに」
フェリオンが、首を振る。
「里に戻す道中、狙われれば」
「もっと、危険が、増す」
セファルが、しばらく、考え込んでいた。
「……ベタの、本部に、保管するのは、どうだ」
「厳重な、警備がある」
「セファル」
ガインが、鋭く、言う。
「ベタも、疑いの目から、完全に、逃れているわけじゃない」
「もし、内部に、裏切り者がいたら」
「その可能性は、承知している」
セファルの声は、揺るがなかった。
「だが、私は、自分の、直属の部下を」
「信頼している」
「限られた、人数だけで、守る」
フェリオンは、しばらく、セファルを、じっと見つめていた。
「……お前は」
「信用できそうだな」
「光栄です」
セファルが、微かに、口元を緩めた。
初めて見せる、柔らかな表情だった。
「だが、それでも」
フェリオンが、続ける。
「巻物だけを、守っても、意味がない」
「三つの鍵――」
「レイナルド、ダレン、ゾルド」
「彼らの、動向も、見張り続ける必要がある」
「特に、ゾルドだ」
「ダリオスの名を、騙ってまで」
「巻物を、狙っている」
「その、背後にいるのが、誰なのか」
「それを、突き止めなければならない」
ユノは、静かに、頷いた。
「……ゾルド本人に、接触するしかない、ってことか」
「危険だが」
セファルが、低く、言う。
「それが、一番、確実な道だ」
「彼が、今、どこにいるのか」
「まずは、それを、突き止める」
フェリオンは、巻物を、丁寧に、巻き戻した。
「……これを、託す」
セファルに、手渡す。
「頼んだぞ」
「必ず、守ります」
その言葉に、フェリオンは、深く、頷いた。
そして、ティナに、視線を、向けた。
「……お前が、無事で、本当に、よかった」
「私は、まだ、里に、顔向けできない」
「だが、いつか」
「この件が、片付いたら」
「一緒に、帰ろう」
ティナの目に、涙が、滲んだ。
「……うん」
小さく、頷く。
屋敷を後にする頃には、日が、すっかり、傾いていた。
新たな使命と、託された巻物。
そして、ティナと、叔父との、再会。
多くのものを、抱えたまま、四人と、セファルは、ヘルメリアの街へと、戻っていった。




