術式
屋敷の中、埃っぽい空気の中で、沈黙が、重く漂っていた。
ティナの叔父――彼の名は、まだ、明かされていなかった。
「……名前を、聞かせてください」
セファルが、静かに促す。
男は、しばらく、ティナを見つめたまま、答えなかった。
やがて、深く、息を吐く。
「……フェリオン」
短く、答えた。
「フェリオン・ラティレス」
「ラティレス……里の、名を」
ティナが、小さく、呟く。
「かつては、な」
フェリオンの声に、苦さが滲んでいた。
「今は、名乗る資格が、あるかどうかも、分からない」
「どういう、意味ですか」
ユノが、慎重に聞く。
フェリオンは、机の椅子に、深く、座り直した。
「……座ってくれ」
「話すには、時間が、かかる」
四人と、セファルは、部屋の中にある、古い椅子や、木箱に、腰を下ろした。
フェリオンは、しばらく、目を閉じていた。
まるで、遠い記憶を、辿るように。
「……私が、里を出たのは」
「もう、十年以上前のことだ」
「当時、私は、里の中でも」
「古代の術式について、最も深く、学んでいた」
「封印に関する、知識も」
「その一つだった」
「五年前の、ダリオスとの取引にも」
「関わっていたんですか」
ティナが、震える声で聞く。
「……ああ」
フェリオンが、静かに頷く。
「私は、当時、長老たちと共に」
「ダリオスとの、交渉の場に、立ち会っていた」
「彼は、真剣だった」
「封印を、確実にするための、協力を、求めていた」
「その姿勢に、私は、心を動かされた」
「多くの、長老たちは、慎重だった」
「だが、私は」
「彼を、信じてもいい、と思った」
その言葉に、ユノは、静かに、耳を傾けていた。
「だが、取引は、白紙になった」
ユノが、慎重に、話を進める。
「その理由を、知っているんですか」
フェリオンの表情が、深く、曇った。
「……知っている」
「私が、里を出た理由も、それに、関係している」
「聞かせてください」
セファルが、静かに、促す。
フェリオンは、しばらく、言葉を、選んでいるようだった。
「取引が、結ばれる、直前」
「私は、ダリオスから、一つの、頼み事をされた」
「頼み事……?」
「封印の、術式の一部を」
「里の、宝物庫から、持ち出してほしい、と」
その言葉に、部屋の空気が、一気に、張り詰めた。
「……それは」
ティナの声が、震える。
「里の、宝を」
「勝手に、持ち出すことに、なりますよね」
「ああ」
フェリオンが、深く、頷く。
「本来、許されることでは、ない」
「だが、ダリオスは、こう言った」
「『万が一の時、術式が、必要になる』」
「『里の外に、控えを、持っておく必要がある』」
「もっともらしい、理由だった」
「私は、迷った末に」
「彼の、頼みを、聞いてしまった」
フェリオンの目に、深い、後悔が滲んでいた。
「その、術式の写しを、渡した、直後」
「里に、それが、露見した」
「私は、掟を、破った者として」
「里を、追われることになった」
「それが、五年前の、取引が、白紙になった、本当の理由だ」
「長老たちは、ダリオスを、信用できなくなった」
「協力者の、私を、そそのかしてまで」
「秘伝を、持ち出させようとした」
「その行為そのものが」
「彼の、本質を、疑わせるものだった」
ティナは、しばらく、言葉を失っていた。
「……じゃあ、叔父さんは」
「ダリオスに、利用された、ってこと?」
「……そう、思っていた」
フェリオンの声が、さらに、低くなる。
「だが、最近、考えが、変わった」
「変わった……?」
「ダリオスが、辞任した後」
「彼から、一度だけ、連絡があった」
「私に、詫びの言葉と共に」
「一つの、警告を、残していった」
「警告?」
「『術式の写しは、決して、悪用されないよう』」
「『厳重に、管理してほしい』」
「『もし、誰かが、それを、狙うようなことがあれば』」
「『必ず、知らせてほしい』」
フェリオンは、そこで、一度、言葉を切った。
「……そして、最近」
「ゾルド・ハーレンという、男が」
「私を、訪ねてきた」
その名前に、セファルの目が、鋭く、光った。
「彼は、何と」
「術式の写しについて」
「詳しく、知りたがっていた」
「私は、最初、断った」
「だが、彼は」
「『ダリオス様の、意向だ』と」
「言い続けた」
「……信じたんですか」
ユノが、慎重に、聞く。
フェリオンは、深く、頭を振った。
「いや」
「途中で、気づいた」
「彼の、言葉の端々に」
「矛盾がある、ということに」
「本当に、ダリオスの、意向を、受けているなら」
「知っているはずのないことを」
「彼は、知らなかった」
「つまり」
セファルが、低く、言う。
「ゾルドは、ダリオスの名を、騙っている」
「本人ではなく、別の、誰かの意志で、動いている」
「……そう、考えている」
フェリオンが、静かに、頷く。
「では、ゾルドは、今」
「あなたの、術式の写しを」
「まだ、手に入れていないんですか」
ティナが、聞く。
「渡していない」
フェリオンが、はっきりと、答える。
「だが」
その表情が、また、曇った。
「三日前、ここに」
「何者かが、侵入しようとした形跡が、あった」
「未遂に、終わったが」
「次は、分からない」
その言葉に、部屋の全員が、緊張した表情を、浮かべた。
「術式の写しは、今、どこに?」
セファルが、聞く。
フェリオンは、しばらく、迷うように、視線を、彷徨わせた。
だが、やがて、ティナを、じっと見つめた。
「……お前になら」
「見せても、いいかもしれない」
「私は、もう、長くは」
「一人で、守り続けられる、自信が、ない」
その言葉に、ティナの表情が、大きく、揺れた。




