帰路
翌朝、荷馬車は、空になった荷台を揺らしながら、ヘルメリアへの帰路についた。
「行きより、軽いな」
レナが、荷馬車の様子を見て言う。
「荷を届けたからな」
ロベルが、機嫌よく答える。
「お前らのおかげで、何事もなく済んだ」
「戻ったら、報酬は、きっちり払う」
道中、特に大きな出来事はなかった。
だが、ユノの頭の中では、隣町で見た光景が、繰り返し反芻されていた。
ヴォルグレン家。
マルコス。
ダレン。
その一つ一つの名前が、少しずつ、イフリルという派閥の輪郭を、形作っていく。
「……ダレンって人、なんか気になるんだよな」
ユノが、歩きながら、ぽつりと言う。
「探るような目、だったっていうやつ?」
レナが、聞き返す。
「ああ。ただの警戒心、って感じでもなかった」
「もっと、何かを、確かめてるような」
ティナも、同じことを、感じていたようだった。
「……もしかしたら」
「あの人が」
「イフリルの、“鍵”なのかもしれない」
その可能性に、誰も、すぐには答えなかった。
だが、否定できる材料も、なかった。
夕方、一行は、ヘルメリアの街に、無事到着した。
「世話になったな」
ロベルが、約束通り、報酬を手渡す。
「また、機会があれば、頼む」
「こちらこそ、ありがとうございました」
ユノが、丁寧に頭を下げる。
商会の人間たちと別れ、四人は、真っ直ぐ、モイストの詰所へと向かった。
「戻ったか」
ガインが、迎え入れる。
その顔には、隠しきれない疲労が見えた。
「監査、明日だ」
「準備は?」
「一通り、整った」
ガインが、椅子に腰を下ろす。
「そっちは、何か掴めたか」
ユノは、隣町での出来事を、順に話していく。
ヴォルグレン家のこと。
マルコスとダレン。
そして、ダレンの、探るような視線。
ガインは、腕を組み、じっと聞き入っていた。
「……ダレン、か」
「聞いたことのない名前だ」
「モイストの、記録にも、残ってないのか」
「調べてみる価値は、ある」
「だが、今は、監査が先だ」
その言葉に、全員が頷いた。
「明日、何が、起きるんだ」
レナが、少し緊張した様子で聞く。
「三派閥の帳簿を、全て、会計室に持ち込む」
「第三者機関が、一つずつ、照らし合わせていく」
「時間は、かかるだろう」
「モイストは、後ろ暗いことは、ないんだよな」
ユノが、確認するように聞く。
「ない、と信じてる」
「だが」
ガインの表情が、少し曇る。
「上の方で、俺の知らないことが、あるかもしれない」
「レイナルド・ウィッシュのことか」
「ああ」
「あの人が、調査に、どう出るか」
「それも、明日、分かるはずだ」
窓の外、ヘルメリアの夜が、静かに更けていく。
明日は、監査の日。
物語が、また一つ、大きく動こうとしていた。
「……今夜は、しっかり休もう」
ユノが、静かに言う。
「明日に、備えて」
四人は、それぞれの部屋へと戻っていった。
だが、誰の頭の中にも、次々と浮かぶ疑問が、渦を巻いていた。
ダレン。
レイナルド。
そして、三つ目の鍵。
すべてが、明日、少しずつ、その姿を現し始めるのかもしれなかった。




