街道
街道は、乾いた土埃を巻き上げながら、緩やかに続いていた。
荷馬車の車輪が、規則正しい音を立てる。
ユノは、馬車の側面を歩きながら、周囲に目を配っていた。
「……静かだな」
レナが、隣を歩きながら言う。
「ああ」
護衛の依頼といっても、今のところ、特に危険な様子はなかった。
商人――名をロベルという男が、時折、馬車の中から声をかけてくる。
「そっちの嬢ちゃん、疲れてないか」
「大丈夫です」
レナが、笑顔で答える。
ロベルは、思ったより、気さくな性格だった。
「イフリル商会は、結構、羽振りがいいんですね」
ユノが、それとなく話を振る。
「まあな」
ロベルが、少し得意げに言う。
「うちは、南方交易で、かなり稼いでる」
「特に、香辛料だ」
「あそこの家は、代々、商売がうまい」
「あそこの家、というのは?」
「うちのオーナー一族だよ」
「イフリル派閥そのものが」
「元々は、一つの商家から、始まってる」
「へえ」
「ヴォルグレン家」
その名前に、ユノは、内心、注意を向けた。
「今の代表は、確か」
「マルコス様だ」
「厳しい人だが、商売のことは、よく分かってる」
「面倒見もいい方だ」
会話は、それ以上、深くは進まなかった。
だが、その一言一言を、ユノは、記憶に留めていった。
夜になり、街道沿いの小さな宿場町で、一泊することになった。
食堂で、簡単な食事を取りながら、レナが、小声で言う。
「……ヴォルグレン家、か」
「イフリルの、中心にいる一族みたいだな」
ユノが、静かに頷く。
「明日、もう少し、聞けたらいいけど」
ティナは、少し離れた場所で、静かに食事をしていた。
宿場町の空気には、里とはまた違う、素朴な温かさがあった。
「……大丈夫か?」
ユノが、声をかける。
「うん」
「里からの、返事のこと、考えてたのか」
「……少し」
ティナは、小さく頷いた。
「早く、戻りたい」
「監査までには、必ず戻る」
「うん」
翌朝、再び出発した一行は、昼過ぎに、隣町へと到着した。
ヘルメリアほどではないが、それなりに栄えた交易の町だった。
荷を降ろす作業を手伝いながら、ユノは、周囲の様子を、注意深く観察していた。
「……ここにも、イフリルの拠点があるんですね」
「ああ、この町は、うちの重要な中継地だ」
ロベルが、案内するように、拠点となる建物を示す。
そこに、一人の男が、姿を現した。
商人にしては、鋭い目つき。
腕には、赤の腕章。
「……あれが」
「マルコス様の、右腕だ」
ロベルが、小声で言う。
「名は、確か……ダレン」
その男――ダレンは、荷物を確認しながら、時折、鋭い視線を、こちらに向けてきた。
「……見られてる」
レナが、小さく囁く。
「ああ」
ユノも、それを感じていた。
だが、あからさまに、探るような真似はできない。
護衛としての役目を、淡々とこなすことに、徹した。
荷下ろしが終わると、ロベルが、労いの言葉をかけてきた。
「よくやってくれた。明日には、また戻る」
「今日は、ゆっくり休んでくれ」
宿を取り、一息ついたところで、ティナが、ふと呟いた。
「……あのダレンって人」
「何か、感じたか?」
「……分からない。でも」
「何か、探るような目、だった」
ユノも、同じ印象を持っていた。
「俺たちのこと、少し、気にしてるみたいだったな」
「モイストの客分だって、バレてるのかも」
レナが、不安げに言う。
「かもな」
だが、それ以上、詮索する術はなかった。
夜、宿の部屋で、四人は、今日知り得た情報を、簡単に整理した。
「ヴォルグレン家」
「マルコス、当主」
「ダレン、右腕」
「これといって、決定的な手がかりは、まだない」
ユノが、静かに言う。
「でも、少しずつ、イフリルの内部が、見えてきた」
「ああ」
明日には、ヘルメリアへ戻る道のりが、また始まる。
監査の日まで、あと二日。
窓の外、隣町の夜が、静かに更けていった。




