ダリオス
翌朝、詰所に着くと、ガインの表情がいつもと違っていた。
「……何かあったのか」
ユノが聞くと、ガインは短く頷いた。
「監査の件、思ったより早く動き出した」
「三派閥、全て、受け入れを表明した」
「イフリルもか?」
「渋々、な」
「拒否すれば、自分たちが疑われるだけだ」
「向こうも、それは分かってる」
机の上には、新しい書類が積まれていた。
「モイストの上が、独自に、ダリオスについて調べ直してる」
「昨日のセファルの発言も、無視できなかったんだろう」
ガインが、一枚の紙を差し出す。
古い、ギルドの人事記録だった。
「ダリオス・ヴェイン」
「五年前、最高幹部を辞任」
「表向きの理由は、病気」
「だが、実際に辞任した時期、もう一つ、記録が残ってた」
「もう一つ?」
「同時期に、エルフの里との、大きな取引が一つ、白紙になってる」
「取引……」
ティナが、身を乗り出すようにして、記録を覗き込んだ。
「内容までは、書かれてない」
「ただ、破棄された、という事実だけが残ってる」
「相手側の署名は」
ガインが、記録の端を指す。
「里の、長老の名前だ」
ティナの顔が、わずかに強張った。
「……知ってる名前か」
ユノが、静かに聞く。
「……うん」
小さく頷く。
「私が、里にいた頃の、長老」
その言葉に、部屋の空気が、また少し重くなった。
「ダリオスと、お前の里の長老が」
「五年前に、何か取引をしようとして」
「それが、白紙になった」
「そのタイミングで、ダリオスは、幹部を辞任してる」
ガインが、順を追って整理する。
「偶然にしては、出来すぎてる」
レナが、静かに言う。
「ああ」
ユノも、同意した。
「その取引の内容が、分かれば」
「もっと、はっきりする」
「里に、直接聞くしかないのか」
「でも、簡単には……」
ティナが、言葉を濁す。
エルフの里は、基本的に、人間との接触を避ける。
まして、事情を知る長老に、直接尋ねるなど。
「……一つ、方法がある」
ティナが、ぽつりと言った。
「私の、家族」
「里に、まだ、繋がりを持ってる人がいる」
「手紙なら、届けられるかもしれない」
「でも、時間がかかる」
「それでも、糸口にはなる」
ユノが、静かに言う。
「今できることから、やっていこう」
ティナは、小さく頷いた。
その日の午後、ティナは、宿の一室で、丁寧に手紙をしたためていた。
古いエルフの文字と、共通語を交えながら。
慎重に、言葉を選んでいる様子だった。
「……何て、書いてるんだ?」
レナが、そっと覗き込む。
「無事でいること」
「それと」
「五年前の、取引について」
「知っていることがあれば、教えてほしいって」
短い手紙だったが、そこには、ティナの緊張と、迷いが滲んでいた。
書き終えると、丁寧に封をする。
「……これ、どうやって届けるんだ?」
ユノが聞く。
「商業ギルドの、交易ルートを使う」
ガインが、答えた。
「エルフの里との、細い繋がりが、まだ残ってる」
「表向きは、商品の取引についでな」
「時間は、かかるが」
「確実に届く」
手紙を託し、あとは、返事を待つしかなかった。
窓の外、ヘルメリアの空は、今日も静かに暮れていく。
ダリオス・ヴェイン。
エルフの里との、破棄された取引。
そして、ティナの家族。
物語は、少しずつ、その根を、深く広げ始めていた。




