緊張
調停の場が終わると、広間は一気にざわめきに包まれた。
各派閥の関係者が、それぞれ小声で言葉を交わしながら、出口へと向かっていく。
「……終わった」
レナが、詰めていた息を、大きく吐き出した。
「ガイン、すごかったね」
「ああ」
ユノも、同じ気持ちだった。
淡々とした口調の裏に、確かな覚悟があった。
ガインは、まだ少し緊張の抜けない顔で、広間の隅に立っていた。
「……大丈夫か?」
声をかけると、小さく頷いた。
「柄にもなく、緊張した」
「でも、言うべきことは言えた」
その言葉に、疲れの滲む笑みが混じっていた。
そこへ、モイストの上役の女性が近づいてきた。
「よくやったわ、ガイン」
「……ありがとうございます」
「後のことは、こちらで対応する」
「あなたたちは、少し休みなさい」
労いの言葉をかけ、彼女は他の関係者と共に、次の話し合いへと向かっていった。
広間を出ようとした、その時。
「――少し、いいか」
低い声。
振り返ると、そこに、セファルが立っていた。
護衛たちは、少し離れた場所で待機している。
一対一に近い距離。
空気が、一気に張り詰めた。
「……何の用だ」
ユノが、前に出る。
セファルは、ユノを一瞥し、それから、ガインに視線を移した。
「お前の発言、悪くなかった」
「……皮肉か?」
「いや」
セファルは、静かに首を振った。
「事実を、正確に述べていた」
「それだけだ」
その言葉に、ガインは少し戸惑ったような表情を見せた。
セファルの視線が、今度は、ティナに向いた。
その瞬間、ティナの体が、わずかに強張った。
「……お前」
低く、確かめるように言う。
「エルフの、里の出か」
ティナは、答えなかった。
だが、その沈黙が、答えだった。
「……古い文字を、読めるそうだな」
その言葉に、全員が息を呑んだ。
なぜ、それを知っている。
「どうして、それを」
ユノが、鋭く問う。
セファルは、答えなかった。
代わりに、静かに目を細める。
「調べは、しておく」
「資金の流れについて」
「監査を受け入れる方向で、話を進める」
「……本当か?」
ガインが、驚いたように聞き返す。
「ベタとしても、この状況は、望ましくない」
「これ以上、利用され続けるのは」
セファルの声に、初めて、微かな感情が滲んだ気がした。
怒りとも、苛立ちとも取れる、抑えた響き。
「だが」
言葉を切り、再び、ティナを見る。
「お前には、いずれ、聞きたいことがある」
「ダリオス・ヴェインについて」
その名前が出た瞬間、ティナの表情が、明らかに変わった。
「……知ってるの、その人を」
「知っている」
短く、重い答えだった。
「悪い意味で、な」
それ以上、多くは語らなかった。
セファルは、静かに背を向ける。
「今日は、これで」
護衛たちと共に、静かに広間を後にしていった。
残された四人と、ガイン。
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……なんだったんだ、今の」
レナが、ようやく声を絞り出す。
「セファルが、あんなふうに話すの、初めて見た」
ガインが、まだ少し驚いた様子で言う。
「普段は、もっと感情を見せない男だ」
ユノは、ティナに視線を向けた。
彼女は、まだ、複雑な表情を浮かべていた。
「……大丈夫か?」
「……うん」
小さく頷く。
だが、その声には、明らかに、動揺が滲んでいた。
ダリオス・ヴェイン。
「悪い意味で」知っている、という言葉。
それが、何を意味するのか。
まだ、誰にも分からなかった。
広間を出ると、外はすでに、夕暮れが近づいていた。
橙色の光が、ヘルメリアの街並みを、静かに染めていく。
「……今日は、色々ありすぎた」
レナが、疲れたように呟く。
「ああ」
ユノも、同じ気持ちだった。
だが、この日を境に、確かに何かが動き始めていた。
三派閥の均衡。
ダリオスの影。
そして、ティナの過去。
それぞれの糸が、少しずつ、絡み合っていく。
「……宿に戻ろう」
ユノが、静かに言う。
「今日は、ゆっくり休んで」
「また明日、考えよう」




